研究概要 |
本研究は日本の照葉樹林帯の基幹をなすローラシア系の植物群を対象として湿潤熱帯アジア(マレシア)における種分化の実態を調べることで,東アジアと東南アジアにおける同じ植物群の進化の様相を比較することを目的とした。湿潤熱帯アジアにおける照葉樹植物群の代表としてハイノキ科ハイノキ属(Symplocos)をとりあげ,主として国内外の植物研究機関に収蔵されている植物標本を用いて分類学的な研究を行った。まず,東南アジア湿潤熱帯域に広域分布をする種群としてS. fasciculata群,S. odoratissima群を選び,分類学的植物地理学的な解析を行なったところ,ボルネオ島の東西で明瞭に分布のパターンが異なることが明らかになった。西側では単一の種が大きな分布域をもち,特に後者の群では東側の島嶼部で多様な分化がみられ,熱帯雨林の氷河期における分断と島嶼による種分化の影響が推察された。西マレシア域に位置するスマトラ島,ボルネオ島に産する全種の分類学的検討の結果では,前者では30種を認めることができたが,後者では分類が困難な群が多く,今回は分類学的結論には至らなかった。しかし,いずれも山地毎に固有な植物群の分化が見られ,特に3000m以上の高山を擁するスマトラ北部および中部,ボルネオ北部(キナバル山)で著しかった。日本の照葉樹林における対応する植物群は,山地による隔離よりもむしろ海洋による隔離が強く関与しているが,湿潤熱帯アジアでは海洋による隔離に加えて生育に適した山地域が隔離されていることが,同様に種分化や遺存に関わっているようである。核DNAおよび葉緑体DNA塩基配列を用いた解析も試みたが,多型は検出されるものの種分化の様相を明らかにできるほどの解像度は得られなかった。
|