研究概要 |
線虫Caenorhabditis elegansは,生育環境の悪化(生育密度の上昇に伴う休眠誘導フェロモンの濃度上昇・餌の枯渇)に応答して幼虫休眠を行う。この幼虫休眠は,TGF-β経路ならびにインスリン経路によって制御される。興味深いことに,インスリン経路は幼虫休眠のみならず成虫寿命を制御する。報告者は,これまでの研究において,線虫のインスリン様分子INS-17,INS-18を同定し,さらに,遺伝子破壊線虫の解析により,両ペプチドが休眠誘導フェロモンによる幼虫休眠を部分的に抑制することを見出している。本研究では,休眠誘導フェロモンの化学的・生物学的特性を明らかにすると共に,インスリン遺伝子の多重機能破壊株を用いて,寿命制御機構の解析を行った。 まず,各種クロマトグラフィーによるフェロモン精製を進め,本物質が非常に高極性の中性物質であり,その分子量が1,000程度であることを明らかにした。また,粗精製物が濃度依存的に成虫寿命を延長させ,その寿命延長が転写因子DAF-16依存的であることを発見した。これは,フェロモンがインスリン経路を制御することを示す。 次いで,RNA干渉による機能抑制により延命を示すins-7の解析を行った。遺伝子破壊線虫を作出し,寿命測定を行ったところ,予想通り延命の表現型を示した。すなわち,INS-7は寿命を負(短命)に制御する。そこで,ins-17,ins-18破壊線虫と交雑し,多重遺伝子破壊線虫を作出後,寿命測定を行った。興味深いことに,ins-18が破壊されるとins-7破壊による延命効果が消失した。すなわち,INS-18は寿命を正(延命)に制御する。一方,ins-17破壊ではins-7破壊による延命が保持されたことから,ins-17が寿命制御に寄与しないことが判明した。一方で,ins-17は休眠を正(休眠促進)に制御することから,インスリン様分子によって寄与する生命現象(休眠あるいは寿命)が異なると考えられる。
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