研究概要 |
私たちはこれまでに,内在性脳虚血抵抗因子として小胞体内腔に存在する蛋白質ジスルフィドイソメラーゼ(PDI)の単離・同定に成功してきた.PDIは小胞体ストレスならびに低酸素ストレス誘発性のアポトーシスは著名に抑制するものの,一酸化窒素(NO)に対しては無効であった.これはPDIの触媒活性に必須なシステイン残基がNOによって修飾され(S-ニトロシル化),機能不全に陥ることに起因しているのではないかと推定した.そこで,PDIのS-ニトロシル化の可能性ならびに細胞死への影響について解析し,以下のような結果を得た.まず,リコンビナント蛋白質ならびに細胞質画分をNOドナーで処理した際に,S-ニトロシル化蛋白質(SNO-P)を特異的に検出するDAN法やBiotin-switch法によって,S-ニトロシル化PDI(SNO-PDI)形成が観察された.さらに,細胞をカルシウムイオノフォアやロテノン等のパーキンソン病発症試薬,またはグルタミン酸刺激に応じてSNO-PDI形成が認められた.これらはすべて内在性NO合成酵素阻害薬処理によって抑制されたことから,細胞内で発生するNOによってS-ニトロシル化が亢進していることがわかった.つぎに,SNO-PDIの酵素活性への影響について検討した.PDIはシャペロンおよびジスルフィドイソメラーゼ活性を有しているが,SNO化によって両者ともに著しい活性の低下が観察された.また,PDIのS-ニトロシル化により小胞体内に未成熟な変性蛋白質が蓄積し,これが小胞体ストレスを惹起してUPRと呼ばれるシグナルを活性化することがわかった.興味深いことに,孤発性神経変性疾患患者の死後脳を用いて,Biotin-switchassayからSNO-PDI形成の有無を調べたところ,すべての脳において非常に強いシグナル,すなわちSNO-PDIが検出された.これらの知見より,酸化ストレス,とくにニトロソ化ストレスが生じた際に,小胞体シヤペロンであり蛋白質の品質管理や成熟に関わっているPDIがS-ニトロシル化されて機能不全になることで変性蛋白質が蓄積し,小胞体由来の特異的シグナルによって細胞死が惹起されることが示唆された.
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