研究概要 |
旋毛虫の感染により感染筋肉細胞は全く異なる細胞であるナース細胞に変異する。また、旋毛虫の異なる種であるTrichinella spiralisとT. pseudospiralisでは病理変化に大きな違いが認められる。本研究はcDNAマイクロアレイ(30,000遺伝子)を用いて、感染筋肉における遺伝子発現プロファイルを解析、比較し、大きな発現変化が見られる遺伝子をリストアップした。さらに、重要と思われる遺伝子を選択し、その発現動態や細胞の局在を検討した。その結果、1) satellite細胞の活性化・増殖を示す遺伝子Pax7、DesminおよびM-cadherinが感染筋肉細胞のsatellite細胞の活性化や増殖に関与していること、また異なる種における異なる発現動態パターンは種の異なる病理変化と関連があることが示唆された。2)多くの細胞分化変異に関連する遺伝子、例えば、MEF2C、Eya2、Galectin 1、F131、Pbx1、Pax3,IFI202a, chordin 2、S100A9、ATBF1,FoxH1,Rfx3,Sufuは感染筋肉細胞の分化およびナース細胞への変異に関与しているものと思われた。3)感染によって、細胞周期調節および増殖の関連因子であるRbx1、Cutl1、GOS2、Clusterin、Id2、cycle A2、MLF1、B-mybおよびNdrg2の発現変化が見られて、多数の細胞周期調節制御は旋毛虫種による異なる病理変化に関与していることを示した。4)アポトーシス:アポトーシス関連遺伝子Bcl6、Biklk、Pdcd11、Prodh1、Prodh2、Maged2、Atf5、Arrestin、Faim3、Ripk1およびVEGFAは感染細胞に起こるアポトーシスと抗アポトーシスに関連する病理変化に関与していることが示唆した。 また、以下のシグナル経路がナース細胞形成に関与することを明らかにした。1)TGF-βシグナル経路:TGF-betaシグナル経路に関連する遺伝子(TGF-beta、Smad2、Smad4およびシグナル経路調節遺伝子c-Ski)の発現動態は感染細胞の変異過程と一致していた。免疫組織化学で解析した結果、正常筋肉細胞に比べて感染筋肉細胞ではc-Ski蛋白の発現量は増加していた。また、感染時期によってc-Ski蛋白の局在は異なり、感染早期ではEosinophilic細胞質に局在して認められ、感染中期では感染細胞の肥大核内に移行していた。以上の結果からc-Ski遺伝子がTGF-betaシグナルの転写抑制により、感染筋肉細胞の変異に関与しているものと思われた。2) Notchシグナル経路:Notchシグナル経路の調節因子Numb、MfngおよびDeltex1の発現量はT.spiralisおよびT.pseudospiralis感染ともに増加したが、発現パターンは異なっていた。この経路は筋肉の発生、発育、分化および再生を制御する重要な経路である。結果Notchシグナル経路が感染筋肉細胞の分化、変異などを制御していることが示唆した。 以上の結果は多数の遺伝子群やシグナル経路が旋毛虫感染におけるナース細胞の形成及び病理変化に関与していること、種による異なる発現や発現動態が旋毛虫種の異なる病理変化と関連があることを明らかにされた。本研究は旋毛虫感染の分子メカニズムの解明に貢献するものと考える。
|