研究概要 |
S100A8/A9 complexは急性炎症の際にマクロファージ及び好中球が発現する蛋白であり,ヒト白血球から精製する必要があつた。しかし,今日ヒト白血球を大量に入手することは極めて困難である。そこで,S100A8及びS100A9蛋白に対するcDNAを作製後発現ベクター(pCold I>に挿入し,プラスミドを構築した。このプラスミドを用いて大腸菌を形質転換し,S100A8及びS100A9蛋白を発現させることを試みた。その結果,両蛋白は大腸菌体内に発現させることに成功したので,Ni-アガロースカラムを用いてそれぞれの蛋白を精製した。次に,S100A8及びS100A9を用いてヘテロダイマーであるS100A8/A9の作製を試みた。その結果,これらサブユニットを混合しアルカリ性で処理することにより本蛋白を効率よく作製することに成功した(約50〜60%)。次に,この試料を酸性で処理することによってさらに精製度を上げることができた(約70%)。最後に,この試料を濃縮後ゲル濾過を行い目的成分を得た。最終精製度は約80%であった。このヘテロダイマーを用いて本蛋白の抗炎症性蛋白としての機能を明らかにするために,動物実験を実施した。まず動物(ラット)の腹腔内にLPSを投与し,肝障害の動物モデルを作成した。次に,LPS投与後1.0または3.5時間後に本蛋白を1mgずつ腹腔内に投与し,肝障害が抑制されるかどうかを組織学的に検討した。その結果,本蛋白の投与群のラット肝組織は有意に肝障害が抑制されていることを確認することができた。また,NOxの産生も有意に減少した。さらに,S100A8/A9結合アフィニティーカラムを用いて,本蛋白が炎症性サイトカインと結合することを生化学的に証明することができた。一方,本蛋白に対するELISAを膵島移植患者の血清に応用し,その臨床的有用性について検討した。膵島移植後の拒絶反応に対する実質的なマーカーは血中グルコース濃度の変動である。しかし,この変動は非常に緩慢であり移植細胞が生着する肝組織内で炎症が起こっているのかどうかを判定することは困難である。移植後の監視において,AST及びALTなどの炎症マーカーに先だって本蛋白が著しく上昇する事実を本研究で初めて確認することができた。この事実は本蛋白はグルコースより拒絶反応に伴う炎症に対して特異性及び感度により優れていることを示唆するものである。このように,S100A8/A9 complexは急性炎症性変化に対する有用なマーカーであることを間接的に示すことができた。
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