研究概要 |
ヒト腎細胞癌における我々のこれまでの86症例における染色体分析では約42%の症例に第5染色体長腕(5q)の増幅が認められている。本研究ではさらに,これまで染色体解析が出来なかった35症例を対象として間期核FISH法により5q増幅の有無について解析を行なった。その結果,35症例中17症例(約48.5%)において5qの増幅が認められた。これらのうち6症例では5qが3コピーのいわゆる(部分)トリソミーの症例と予想される。これらの結果を集計すると全121症例中53症例(約44%)に5qの増幅が認められたことになる。染色体異常の解析および間期核FISH法の解析結果から第5染色体長腕のコピー数(2,3,≧4)により腎癌を分類し,患者さんの術後の生存率を調査した。その結果,これまでの傾向と同様に術後120ヶ月で観察すると≧4コピーのグループは明らかに2,3コピーのグループよりは予後は不良であった。≧4コピーのグループに属する腎癌の多くは転移性の腎癌であった。また,術後60ヶ月で観察すると2倍体をバックグランドとして3コピーを持つ症例は2コピーの症例よりも予後が不良である傾向が確認された。これらの結果から2倍体のバックグランドで第5染色体を2コピーだけ持つ細胞株(非乳頭型1例,乳頭型2例)に微小核細胞融合法により正常細胞由来の第5染色体を導入し,得られた融合細胞の細胞生物学的性質を解析した。非乳頭型腎細胞癌の細胞株(5qは2コピー)から得られたクローンについて第5染色体を従来の分染法及び染色体ペインティング法によって調べた結果,殆どのクローンでは完全な状態で第5染色体が導入されておらず,細胞の増殖性も親細胞と大きな違いは認められなかった。一方,乳頭型腎細胞癌の細胞株(5qは2コピー)に同様の方法で第5染色体を導入した結果,得られた多数のクローンにおいて3本の第5染色体が確認された。これらのクローンについて細胞増殖を解析したところ多くのクローンで増殖抑制が認められた。これらの結果から,腎細胞癌の中でも乳頭型腫瘍の発生に関わるがん関連遺伝子が第5染色体長腕に存在する可能性が示唆される。しかも,もし,相同染色体の領域に第二次の変化が生じていないとすれば1個の突然変異が発がんに何らかの役割を担っている可能性がある。第5染色体が3コピーになっている症例では術後の生存率が良好である傾向が認められているが,これは正常対立遺伝子の方が1コピー増加し,その遺伝子産物が腎癌細胞の増殖に何らかの抑制効果を示していることが予想される。また,突然変異を持つ第5染色体が増加すれば,逆に,がん細胞の急速な増殖をもたらす可能性も考えられる。転移性の腎癌で第5染色体を≧4コピーもち,予後示不良な症例ではむしろ突然変異を持つ遺伝子が増幅していることも考えられる。今後は,第5染色体の癌関連遺伝子の探索および突然変異の同定をする必要がある。第5染色体長腕には大腸がん関連の抑制遺伝子がマップされているが,これらの遺伝子が何らかの影響を及ぼしているかどうか今後の解析を待たなければならない。また,5qのトリソミーあるいは部分トリソミーが認められた腎細胞癌の症例において増幅している領域に存在する遺伝子の有無を解析しなければならない。今回の非乳頭型腎癌細胞株では第5染色体が完全な状態で導入されたクローンが得られなかったが再度,微小核細胞融合法を試みて実験的にトリソミーを持つクローンを採取する必要がある。
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