研究概要 |
建築スケールに限らず,環境問題にはあらゆるスケールで共通する性質が観られる.数埋料字,ゲーム理論で云う"ジレンマゲーム"としての構造である.ジレンマゲームとは,各人が系全体を顧慮せず利己的利益を追求することで,システム全体が破綻を来たし,結果的には各個人も利得を上げられなくなるメカニズムであり,経済学,生物学,社会科学などその応用範囲はきわめて広範である.地球環境問題(自らは化石燃料を消費して快を貪りたいが.皆がそう振る舞うと深甚な環境破壊に至る),廃棄物問題(他者のゴミ排出は容認せず,自らは野放図に捨てることを希求)など全ての環境問題の基本形は,古典ゲーム理論で云う"共有地の悲劇" (Tragedy of Commons,TOC)[Hardin(1968)](これは2×2ゲームにおけるChickenと等価である[Tanimoto et al.(2004/Physical Review Letter E)under processing])で定式化される.ところで,ゲーム理論,情報処理,複雑系科学の分野でこの10年急展開してきたジレンマゲーム研究の焦点は,何れも原初はエゴ的に振る舞うエージェント(プレーヤー)がジレンマを克服して協調を創発させるには如何なるゲーム上の機構を導入すればよいか,と云う現象論的かつ個別記述的(idiographic)アプローチであり[例えば,Hauert et al,(2002/SCIENCE);Michor&Nowak(2002/NATURE)],ジレンマ性は何に依拠して発生するのかと云う本質的かつ基礎的論点は等閑視されてきた.これに関し申請者は進化ゲーム理論から観たジレンマ性の普遍定義を付与するアイデアを抱懐[Tanimoto et al.(2004/Physics Letters A)under processing]しており,これはこれまで数多く提示されてきたジレンマゲーム,すなわち相互に異なるゲームのジレンマ性を定量的に評価,比較し得る画期的な統一理論に繋がるものである.本研究では,先ず,このジレンマ性の本質定義,ゲーム相互の定量評価に関わる演繹理論を構成した.これは,これまで科学カスケード上,末端集積領域とみられてきた建築学からゲーム理論,情報科学,非線型物理学への原理原論的貢献を為そうと云うチャレンジである.具体的に以下の研究成果を得た. ●古典ゲーム理論によるジレンマ性の定義を演繹的に明示した. ●所謂2x2ゲームが内包するジレンマはPareto最適性に関するギャンブル性ジレンマとPareto最悪性に関連するリスク回避性ジレンマに演繹的に切り分け可能であり,これらは協調戦略の弱支配からのずれとして定量的に評価可能である. ●2x2ゲーム,n人ゲームにおける連続戦略と離散戦略のゲームの均衡が一致することを演繹的に導出した. ●上記により今や定量的ジレンマ評価が可能となった2x2ゲームを基盤とする環境ジレンマゲームを構築した,この環境ジレンマゲームは資源制約を外生的に扱いつつも2x2ゲームによる一般性を保持する枠組みであり,数値実験により,ジレンマ強度が強くなるとPAVLOV的なrobustな社会戦略,すなわち,環境:が豊饒な場合には資源を獲得し,貧少化すれば資源を返還するという戦略(サステナブル戦略)は進化し得ないことなど興味深い現象が観察された.また,この環境ジレンマゲームを緩解するプロトコルとして,戦略適応とゲーム対戦の局所性に着目し,戦略適応だけにローカリティを入れてもサステナブル戦略の創発範囲は拡がらず,両者の局所性を考慮することではじめて創発範囲が拡がることが分かった.このことから,環境問題を解決する上での社会システム設計として,エージェント問の相互作用の局所性,知識伝搬の極性を如何にすべきかに関する重要な知見が得られた.
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