研究概要 |
本研究では,歯状回における神経細胞の置換を考慮した海馬システムのモデル化を行い,神経細胞の置換が記憶の形成に果たす役割を明らかにすることを目的としている.本年度は以下の研究を行った. 昨年度に引き続き,詳細な研究が多く行われているげっ歯目を中心に,歯状回顆粒細胞の発生・死滅現象に関する生物学的研究成果の調査を行い,ラットに関する知見に基づいた海馬システムのモデルを構築した.構築したモデルは,ニューロン数にして生体のラットの約1/1000のスケールとし,海馬の各領域の発火率や領域問の結合などについても,主にラットから得られている知見に基づいた.歯状回の神経細胞の置換については,ある一定の割合で既存の細胞がランダムに新しい細胞に置き換えられるとしてモデル化を行った.海馬における記憶の形成では,大記憶容量,追加学習能力,高速な学習能力などが不可欠な機能と考えられるが,構築したモデルを用いて,こうした機能と歯状回における神経細胞の置換との関係を計算機実験により調べた.その結果,神経細胞の置換率が大きいと,類似したパターンの記憶が容易になることがわかった.また,置換率が大きいときには,類似したパターンに関する記憶容量が増加し,追加学習の能力も高くなることがわかった.一方,学習の速さに関しては,はっきりした結果は得られなかったが,やはり類似度の高いパターンにおいて,置換率の増大に伴い学習が速くなる傾向が見られた. 海馬は記憶の一時的な貯蔵庫であり,外界からの情報は一旦海馬に蓄えられた後,徐々に大脳皮質へと転写されて長期記憶が形成されると考えられている.比較的小さな部位である海馬がこのような役割を果たすためには,大記憶容量,追加学習能力,高速な学習能力を持つ必要があると考えられるが,本研究により,こうした機能に歯状回の神経細胞の置換が影響していることがわかった.
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