研究概要 |
近年,網膜光受容細胞の変性により失明した患者に対し,生残する他の網膜神経細胞を人工的な電気刺激により賦活することで視覚機能の一部を復活させようとする,いわゆる人工網膜移植が注目され,欧米各国及び日本でも臨床試験が実施されている。しかし,先行研究で用いられてきた細胞外電流刺激は,単純な矩形波や正弦波のパルス状波形であり,しかもその1パルス分の電流量と電荷密度は,電極用金属素材の電気化学的な使用可能限界や,神経組織に対する安全限界を上回っている例がほとんどである。そこで本研究では,刺激電流量の低減を目指し,網膜神経節細胞の活動電位発火を惹起するうえで最も効率の良い細胞外電流刺激のテンプレート波形の設計を試みた。 本年度は,1:昨年度得られた生理学実験データを精査し,その結果を国際会議および国内会議で発表した。2:昨年度と同様の電気生理学実験を続け,(1)単純な矩形波を用いた場合でも,その正極性と負極性のパルスの組み合わせタイミングを適切に変えることで,活動電位惹起の閾電流量を50%以下まで低減できること,(2)白色雑音解析法により求めた活動電位惹起の最適刺激波形(1次項)は,指数関数的な時間変化形状であり,またそれが細胞個体には殆ど依存しないこと,などを見出した。3:昨年度構築した神経節細胞のバイオフィジックスモデルを用いた計算機シミュレーションの結果,(1)上記2-(2)で実験的に求めた最適刺激波形が,細胞モデルに対して得られたものと定量的に一致すること,(2)点状の極めて小さい刺激電極を用いると,刺激に対して活動電位発火が最初に惹起される細胞上の部位は,電極と細胞との3次元的位置関係に強く依存し,場合によっては細胞体ではなく軸索上が最初の活動電位発火位置となってしまうこと,などが分かった。
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