研究概要 |
我々はこれまでに適度な運動の継続が高齢者の反応時間と認知機能の低下進度を緩やかにする効果があることを報告してきた(八田と西平:トレーニング科学18巻3号,p195-199,2006).反射を除く人間の随意運動は,外界から入力された感覚情報を脳内で処理して最終的に運動野から出された運動指令によって目的に合った運動が出力されることによって生じる.運動開始前の準備期から実際に運動を出力するまでの脳内情報処理過程は身体運動制御能力にとって重要である.本研究では,運動の準備過程から出力過程までの指標として運動関連脳電位(MRCP)を用いて検討した.被験者は運動群13名(平均年齢:66.5±4.8歳)と非運動群13名(平均年齢:68.0±4.7歳)であり,右足首の底屈動作(50%MVC)を自己ペースで行う課題遂行中にMRCPを記録した. その結果,全般的な中枢内準備過程を反映するBP(Bereitschaftspotential)とその運動に特異的な準備過程を反映するNS'(Negative slope)の両成分ともに運動群と非運動群の間に差は得られなかった.これまでの研究を総括すると,刺激の識別や認知・判断を必要とする反応課題では認知機能を反映するP300において運動群と非運動群の間に有意差が認められた.一方,自己ペースの反応課題ではMRCPにおいて運動群と非運動群の間に差は得られなかった.つまり,識別や認知・判断を必要としない自発動作に関しては運動習慣の有無はさほど影響しないことが示唆された.したがって,視覚情報や聴覚情報などの外界のさまざまな感覚情報を脳内で処理して記憶を呼び起こしながら運動を行うダンスや体操などが認知機能と身体運動制御能力の向上により効果があると思われる.
|