本年度は、昨年度の研究成果を踏まえつつ、申請した研究計画にしたがい、フロイトおよびラカンの諸テキストの読み直しと解釈を行った。とりわけ、ラカンのシニフィアンの理論のより深い読解を目指し、ラカンの論文「無意識における文字の審級、あるいはフロイト以後の理性」およびセミネール第五巻『無意識の形成物』の読解と、フロイトの『機知と、その無意識との関係』の読解に取り組んだ。 これにより明らかとなったのは、ラカンが自らのシニフィアン理論を練り上げるうえで、フロイトによる無意識の構造の説明を引き継ぎ発展させるという形を取りつつ、実際には、自らの理論の枠組みのなかでフロイトの理論を再解釈している、ということである。そうした姿勢は、とりわけ、ラカンが無意識の構造として「隠喩」と「換喩」を提示する際に、はっきりと現れている。 本年度においては、以上のような研究の成果を、二つの研究論文、すなわち「ラカンにおけるシニフィアンの理論--「無意識における文字の審級、あるいはフロイト以後の理性」におけるシニフィアンの連鎖及び主体の位置について--」と、「無意識のシニフィアン的構造--機知のラカン的解釈について--」において発表した。 残された課題は。ラカンのシニフィアン理論の全体像の解明と、その考察である。とりわけ、父性隠喩や、ファルスのシニフィアン、<父の名>のシニフィアン等々がラカンの理論においてどのような仕方で練り上げられ、またどういった役割を与えられているのか、とう点が重要である。これらの点について、ラカンのシニフィアン理論のもつメリットとは何か、言い換えれば、その理論によってこそ明らかにすることのできる事柄とは何か、という観点から、考察していく必要があるように思われる。
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