研究概要 |
第一に,天理大学附属天理図書館に2度調査に赴き,近世前期の書写かと思われる『徒然草拾穂抄』(写本一冊),『つれづれ草断章』(写本一冊)を精査した。前者は北村季吟述作の注釈書であるが,これまで知られているもの(いわゆる佐伯本,野村本)とは若干内容を異にする点で貴重であることが分かった。また同図書館では,近世後期の文人大名・松平定信の『花月草紙』稿本を調査し,徒然草について言及されている箇所が,どのような推敲過程を経て流布本(版本)の形に変わっているのかについての新たな知見を得た。さらに桑名市立博物館では,定信書写・徒然草を調査した。その奥書に,『花月草紙』における徒然草への言及と相通ずる記述が残されていることを確認した。 第二に,無窮会神習文庫蔵『徒然草刪翼』(写本一冊,宝永六年奥書)について,大学院生を中心に翻字の素稿を作成してもらった。本書は堂上の有職故実学者・野宮定基が関わった徒然草注釈である。彼がいかなる方法でその注解に従事したのかを考察するための基礎作業ができた。現在校訂中であるが,できるだけ早い時期に公表したい。また,岐阜県富加町松井屋酒造資料館蔵『徒然種講筵要集』(写本一冊,元文元年奥書)の翻字とその意義を考察した論文を作成した(熊本県立大学『国文研究』第53号掲載予定,目下校正中)。該書は近世中期の徒然草講釈がどのような点に留意して行われていたかを探る上で重要な資料である。またその著者である安田迂庵なる人物は,当時著名であった京都の歌人・宮川松堅に就いたことが知られるが,その交遊圏の中には『徒然草集説』(元禄十四年刊)の著者・閑寿もおり,この人物についての新たな伝記的知見が得られた。
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