研究概要 |
平成18年度は,前年度のプライミング実験の結果をもとに,日本語の転位文の処理に対する格助詞の影響を調べた.言語的格の情報は,Fodor&Inoue(2000)らの文処理研究などで明らかになっているように,文構造の構築,ならびに意味理解において構成的な役割を果たし,言語処理を容易にするのを助ける.したがって,かき混ぜ文のような,転位文の処理では,積極的な機能を果たすことが予測される.とりわけ,転位された単語に後続する語がどのような文法範疇であるのか,またはどのような意味役割を担っているべきであるのかというような文理解において決定要因となる情報の,予測因子として働くことが期待される.この言語的格情報が持つ予測因子としての機能を実証的に調べるため,事象関連電位を用いて実験を行った.【実験文】刺激文を語順と格助詞の要因により4種類作成した.刺激文の例は,以下の通りである. 条件1:太郎だけが 学校で 次郎を 誉めた.(正規語順・格助詞あり条件) 条件2:太郎だけを 学校で 次郎が 誉めた.(かき混ぜ語順・格助詞あり条件) 条件3:太郎だけ 学校で 次郎を 誉めた.(正規語順・格助詞なし条件) 条件4:太郎だけ 学校で 次郎が 誉めた.(かき混ぜ語順・格助詞なし条件) 【結果】語順,ならびに格を統計の要因に含めて,反復測定分散分析にて検定を行ったところ,2つの主要な事象関連電位の変動が観察された.第1番目は,第1名詞句が呈示されてから第2名詞句が現れるまで,かき混ぜ文条件,格助詞なし条件において,持続性陰性成分が観察された.この結果は,言語学的長距離依存関係に関する過去の事象関連電位研究の結果と整合性があり,自然言語において依存関係を処理する共通した脳内基盤が存在することが示唆された.また.今回の結果は,かき混ぜ語順ではないが,第1名詞句に格助詞がない条件でも持続性陰性成分が観察されることを明らかにした.この結果は,持続性陰性効果が転位文に限定されず,より広義な言語処理的概念において理解されるべきであることを示した.第2番目は,第2名詞句における陽性成分の出現の変動である.条件3の第2名詞句は,条件2,4とは異なり,単語呈示後400ミリ秒あたりから陽性成分を惹起した.この成分の出現は,持続性陰性成分め消失と関連していた.転位文で観察される陽性成分は,転位語の文脈への「統合」を反映すると考えられてきた.しかし,本実験において陽性成分を惹起した条件3は正規語順であるため,転位語の統合を反映すると結論することは出来ない.文処理研究の成果に基づき,文頭の曖昧語は優先的に主語として扱われることを鑑みると,条件3で陽性成分が出現したのは,第2名詞句が予測どおりに目的語として現れ,言語的予測が充足されたためと結論できよう.転位文はとかく言語学的移動の神経基盤を探求する目的で利用されることが多い言語材料であるが,今回の結果は,予測が言語処理において決定的に働くことを示した.
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