研究概要 |
本研究は,わが国の看取りをめぐる実践の一端を質的研究の手法を通じて把握し,文化人類学の観点からこの領域を論じ,貢献するための視座を開拓することを目的に実施した。具体的には,看取りの担い手である遺族や医療・福祉専門職に対する半構造化インタビューを実施し,得られた知見のカテゴリー化を進めてきた。 最終年度に当たる本年度は,これまで得られた質的データの検討を進めながら,文献と報告者の過去の調査に基づく米国の終末期ケアをめぐる状況との比較を行うことで,その差異と共通性を考察した。この結果明らかになったのは,第二に,現代の看取りの実践は,法や経済に代表される当該社会に固有の制度的環境に埋め込まれているという事実である。従来の死をめぐる文化論では伝統的慣習から仮定した死生観からのアプローチが主流を占めてきたが,終末期ケアが医療・福祉専門職の支援下で提供される状況を考察するためには制度面の考慮が不可欠である。第二の発見は,このような制度的環境への依存にもかかわらず,我が国と米国の看取りの現況には高い類似性を指摘できる,ということである。例えば,ホスピス運動は日本では病院,米国では在宅ケアを中心に発達レてきたが,在宅ケアを中心に緩和ケア病棟をその後方支援の資源として活用する同一の形に近づきつつある。また,最終的な意思決定権と技術・知識の所在が異なるために患者・家族と専門職の問で生じる様々な葛藤,緩和ケアに関する知識の社会的偏在など,共通する課題も多数存在する。このような類似性の高さを技術のグローバライゼーションのみを根拠に説明するのは困難であり,さらに研究と考察を深めていく必要がある。 看取りの実践は,制度や技術が規定する環境の中で,自由な意思を持つ多くの行為者が織りなす複雑な相互作用であり,文化人類学者はその記述と問題の整理を通じて,支援者としての積極的な役割を果たすべきである。
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