本年度は、わが国における近年の(行使罪等を含む広い意味での)文書偽造罪を巡る学説・判例の動向を検討し、わが国の文書偽造罪理論が直面している課題についての認識を深めると同時に、その課題を克服するための比較法的視座を獲得するために、ドイツにおける文書偽造罪に関する学説・判例に関する検討を行った。なお、ドイツにおける文書偽造罪に関する議論の検討を行うに当たっては、近年の学説・判例の動向の確認を行いながらも、主として、1871年のドイツ帝国刑法典の制定から戦前(1945年)までの判例及び有力な刑法学者の見解を対象とした。 上記の研究の結果、(1)現在のわが国における文書偽造罪に関する議論は、偽造という概念を中心に展開されており、判例においても、偽造概念に関わるもの、特に、偽造に関する「作成者と名義人の人格の同一性を偽ること」との定義の有力化を受け、「作成者」・「名義人」という概念の内容が問題とされているものが大多数であること、(2)近時の判例においては、「文書に対する公共の信用」という文書偽造罪の保護法益の侵害の有無という観点から問題の解決を図るものが多いが、判例がその実質的内容をどのように理解しているのかは、必ずしも判然としないこと、(3)ドイツにおいては、わが国同様、偽造概念に関する議論の蓄積もあるが、同時に、刑法典制定当初から、「文書」という客体を巡って活発な議論が展開されてきたこと、(4)そのような文書概念を巡る議論を受け、文書偽造罪の保護法益や作成者概念などわが国の刑法学が継受している諸概念についても、客体である文書の性質、特に、証拠としての文書という観点を基礎にした説明がなされており、それは、現在のわが国の文書偽造理論に有益な示唆を与えうるものであることなどが明らかとなった。
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