どのような可微分力学系に対して大偏差原理が成立するのかという判定条件とそのレート関数をあたえる問題に取り組んでいる。今年度は九州大学に滞在し、辻井正人氏、平山至大氏等と集中的なセミナーを行った。また、ポルトガル・リスボンにおいて開催された研究集会に参加し、英国Surrey大学のI. Melborne氏、北海道大学の由利美智子氏等と議論し、貴重な情報を得ることができた。昨年度までの研究によって、帰還時間関数と関連して力学系の明記性とよばれる性質に付随した判定条件を得ていたが、今年度はこれとは独立した判定条件、すなわちタワー拡大における尻尾の超指数的減衰から大偏差原理が導かれることがわかった。この場合にも大偏差原理のレート関数を不変確率測度のエントロピーとLyapunov指数の差を用いて具体的に表示できる。一方、タワー拡大において尻尾が指数的に減衰しながら大偏差原理が成立しない反例を構成することができた。私が今年度に得たこれらの結果は、大偏差原理が成立するか否かという問題が大数の法則や中心極限定理などその他の極限定理よりも繊細な問題であることを示唆しているように思われる。今後の課題としては、レート関数の解析性ないしは微分可能性について調べ、その崩壊と相転移現象との関連について解明したいと考えている。研究期間全体を通した大偏差原理に関する研究成果については"Recurrence timesand large deviations" という標題で論文を執筆し現在投稿中であるが、インターネット上ではすでに公開されている(arXiv:0801. 2409vl[math. DS])。また、海外を含むいくつかの大学のセミナーにおいてこの研究成果について講演している。
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