研究概要 |
本研究では,地表棲小型哺乳類孤立個体群がどの程度の遺伝的多様性を有し,また多様性維持のメカニズムを解明することを目的とした.対象分類群における分布の制限要因や棲息環境を生態学的に調査,分子遺伝学的に遺伝的多様性を解析し,これらの結果より,多様性が形成されてきた背景を進化学的観点から推定した. まず調査対象としたカワネズミ,アズマモグラ,ヒメヒミズ,ヤチネズミ,スミスネズミは,いずれも遺伝的多様性が染色体レベル・遺伝子レベルで非常に高かった.このことは,地域個体群が独自に分化を遂げていることを示唆するものであった.しかし,地域ごとに分化しているということは,地域ごとに孤立し,地域個体群間の遺伝子流入に乏しいことの裏返しである.また,本来生態学的に劣勢とされているこれらの種は,ある特定の棲息環境要因が揃っていれば,生態学的に優勢な種と同等に棲息密度を有していることも推察された.しかしこのような棲息地も,周囲の環境が次第に劣悪化していくにしたがって劣勢種から個体群を消滅させていく可能性が考えられる.つまり,現在維持されている多様性は,人類の生産活動による環境改変以前に産出されたものであり,今後,環境改悪による棲息地の縮小や,さらなる分断が起これば,急速に多様性が失われていくことが懸念される.棲息地の選好性について調査した結果,環境因子として,植生や地形,地質が大きく関わっていることも示唆されたことから,総合的な環境モニタリングが多様性の保持に重要であることが示された.
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