研究概要 |
本研究では、穂発芽が育種上の問題となっているコムギにおける種子休眠調節機構を明らかにすることを目的としている。特にコムギの倍数性に注目し、遺伝子の発現や機能調節について解析した。 (1)コムギの種子休眠に関わる遺伝子の探索と解析 コムギのABAシグナル伝達に関わるいくつかの遺伝子をクローニングして発現を解析した結果、TaVp1,TaABI5,TaPKABA1,Em遺伝子が種子特異的に発現し、その発現と種子休眠との間の関連性が示唆された。コムギ糊粉層におけるトランジェントアッセイにより、TaVp1とTaABI5はABA応答Em伝子プロモーターの転写を促進し、澱粉分解酵素α-アミラーゼ遺伝子プロモーターの転写を抑制する効果を示した。 (2)コムギ非休眠突然変異体EH47-1におけるABAシグナル伝達 開花後35日目のEH47-1の種子は、その親系統である北系1354と比較してABA感受性が著しく低下する。この種子胚では、TaVp1発現量が低下し、TaABI5発現量が増加傾向にあることから、TaVp1とTaABI5発現は異なって制御されており、その変異体の形質がTaABI5よりもTaVP1の影響を受けることが推定された。 (3)六倍性コムギにおける遺伝子発現の調節 TaVp1は、他の植物のオーソログと同様に種子発達から登熟期で主に発現するが、それぞれの同祖遺伝子の発現パターンは全く異なっており、機能が分化していることが推測された。また、TaVp1は、転写後のスプライシングにより少なくとも6タイプの転写産物を生じ、そのうち4タイプは機能ドメインの欠失やフレームシフトによる終止コドン出現のため、正常な機能を失っていると推測された。このミススプライシングのほとんどは、同祖遺伝子間のいくつかの塩基配列の違いにより、TaVp1-A1から由来するものであった。TaABI5もまた、転写後に3'領域で選択的にスプライシングされ、少なくとも2種類の転写産物(TaABI5-IとTaABI5-II)を生じ、TaABI5-IIはTaABI5-Iと比較して転写活性化能力が低いことが示された。休眠/発芽調節との関連は未だ未解明であるが、少なくとも六倍性コムギの種子におけるABA関連遺伝子の発現調節には、転写レベルの調節に加えて転写後の調節が大きく関与しているものと推測される。
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