脳の持つさまざまな機能は、神経細胞同士の、神経伝達物質を介した情報のやりとりによって行われており、伝達効率の変化が、記憶・学習を始めとした脳の可塑性の基盤であると考えられている。本研究では、神経細胞間の伝達効率の変化を可視化し、さらに定量化する手法の開発を試みた。 神経細胞間の伝達効率の変化は、遺伝子の発現パターンに影響を及ぼすと考えられる。すなわち、ある神経細胞同士のペアーで、伝達効率が上昇したならば、同レベルのシナプス前神経細胞の興奮でも、シナプス後神経細胞にimmediate-early geneを強く誘導することが予想される。そこで、さまざまな脳の活動に伴って誘導されることが知られている、immediate-early geneの一つ、Arc遺伝子を利用して、神経細胞の転写レベルの変化をモニタリングする系を開発した。Arc遺伝子のプロモーターに短時間半減期型の蛍光蛋白の遺伝子をつないだトランスジェニックマウスを作成し、そのマウスの頭蓋骨を薄く削ってin vivoで、大脳皮質が観察できるようにした。この状態で、マウスの眼から光刺激を行うと、大脳皮質の視覚野領城に非常に強い蛍光が誘導されるのが観察できた。したがって、生きているマウスの脳で、遺伝子発現の変化を、蛍光によって観察できるようになったといえる。 生後4週齢のマウスに4日間の単眼遮蔽を行うと、大脳皮質視覚野で眼優位性の可塑的変化が生じることが知られている。このパラダイムを用い、上記トランスジェニックマウスの大脳皮質視覚野で、蛍光誘導の変化が生じるかどうか調べることで、伝達効率の変化の検出ができるか検証する予定である。
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