研究概要 |
イオン液体は現行の合成油と比べて遜色ないトライボロジー特性を示した.このうちN,N-ジエチル-N-メトキシエチル-N-メチルアンモニウム塩では,テトラフルオロボレートアニオン(BF_4^-)誘導体がビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド(TFSI)誘導体よりも低い摩擦係数を示した.これは摩擦中にイオン液体と金属面が化学反応をして生じる境界膜の差であると推定した.X線光電子スペクトルでは結合エネルギー684eV付近に金属フッ化物に相当するシグナルが観察されたのでトライボ化学反応でアニオンが分解したことがわかった.飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)で摩擦面の内外を含む化学マッピングを取得した.BF_4誘導体では摩擦面内部に質量電荷比(m/z)75のフッ化鉄の生成が観察された.さらにm/z11のフラグメントイオンから摩擦面にホウ素が存在していることも示された.これらのフラグメントイオンは摩擦面外ではほとんど検出されなかった.XPSとTOF-SIMSの結果をあわせると,BF_4^-が摩擦材料の主成分である鉄とトライボ反応することがわかった.TFSI^-誘導体で試験した摩耗痕の光学顕微鏡写真を見ると,接触面圧の高い部分(Inner area)と接触圧の低い部分(Border area)で摩耗痕の状態が異なる.これらの領域と摩擦面外を含む化学マッピングを見ると,接触圧の低い領域ではm/z 43のフラグメントイオンが,接触圧の高い領域ではm/z 75のフラグメントイオンが強い強度で検出された.前者は有機フッ化物に特徴的なフラグメントイオンである.接触圧の高い領域ではm/z 32のフラグメントイオンが検出され,これはTFSI^-含まれるイオウに帰属できる.以上の結果から,TFSI^-もBF_4^-と同様にトライボ化学反応を受けて金属フッ化物を与えることがわかった.接触圧の低い領域で観察されたm/z 43のフラグメントイオンは,金属面に吸着したTFSI-か,分解したとしてもC-F結合を保っているので金属フッ化物に至る中間体であると推定した.以上,化学的に安定とされるイオン液体は摩擦場という特殊な条件下で反応し,表面分析ではイオン液体のアニオン部分であるBF_4^-とTFSI^-の反応物が検出された.
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