本研究は、シティズンシップの問題を幾つかの側面から考察し、そのうえでいかにして市民を育てるかという市民教育の問題を考察することを目的とする。 まずハンナ・アレントの思想を手掛かりに、人間の個としての存在が現実となる場として公的領域を捉え、それを構成する自由で平等な存在として市民を位置付けた。 次いで、人間を市民として育てる教育のあり方について、日本の中学公民科とフランスのコレージュにおける市民教育とを比較しつつ検討した。フランスでは、前期中等教育の4年間、週1時間市民教育の授業が行われ、生徒の発達と能力に応じて、市民として生きるための知識とスキルとが、じっくりと育成される。それは平等な市民として互いを尊重する精神(礼儀civilite)、議論によって物事を決めるスキルを特に重視するものであり、日本の中学公民科のように、3年次の1年間で足早に通り過ぎるだけの教育とはまったく異質なものである。 人権を民主主義の土台と考えるフランスの市民教育では、特に司法制度について、それは日本の中学公民とは比較にならぬほど詳細である。そこには、民主主義を支えるのは人権であり、人権を守るのは司法であるという認識を、生徒にしっかりと身に付けさせようという目的が明確に現れている。 本研究で明らかになった日本の中学公民科教育の大きな問題は、3年次の1年間のみという短い期間に行われるため、議論を通して物事を決めるという訓練をする十分な時間がないこと、生徒の発達に応じて必要な知識やスキルを段階的に積み上げて習得するというプログラムが組めないことである。
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