研究概要 |
近年,高度先進医療として胎児の障害を子宮内で治療する試みがなされている。このため,出生前診断により胎児の障害が発見された場合の選択肢として,胎児治療が新たに出現した。これにともない,臨床の現場では実験的胎児治療を行うに際し「インフォームド・コンセント」のあり方が大きな問題となっている。胎児治療はあくまで実験的な治療であり,現段階では胎児の障害が治るというものではない。治療の手法が確立していない場合は,確立するまでに多くの実験的試みがなされる必要がある。このように胎児手術は実験的治療であり,インフォームド・コンセントの問題を内包する。通常のインフォームド・コンセントとの大きな違いは,治療あるいは実験を受ける側が「ひと」であるか「胎児」であるかという点である。わが国では,胎児はあくまで胎児であり「ひと」としての権利を享受できない。実験的治療という意味では,胎児治療が内包する問題は抗癌剤の臨床試験と共通するものがある。しかし,効果が確立されたものではないこと,生命の危険があること(胎児治療ではひとの生命ではなくあくまで胎児の生命ということになる)は共通しているが,胎児の同意が得られないという点は大きな問題となる。胎児の同意という点に関しては,たとえ胎児は法的にひととしての権利を与えられていないとしても,胎児治療には母体に対する侵襲がともなうので,小児に対する医療行為と同様に考えることも可能である。しかし,胎児治療により救命可能でも重大な障害が残る場合に,胎児自身が治療を望んでいるか否かは不明である。このような場合であっても,親は子(胎児)の最大利益を考慮するという前提のもとに,親にその判断を委ねるという考え方が適切であると考えられる。今後も,医療の進歩にともない発生する「医療と法の乖離」をできるだけ埋めていくよう法を整備する必要がある。
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