研究概要 |
これまでの展望記憶研究では,事象ベースの展望記憶において手がかりが呈示されることを自明の前提としてきた。このため,日常場面では,あてにしていた想起手がかりがないことをしばしば経験するにも関わらず,その際の不随意的な想起については研究されてこなかった。そこで本研究では,事象ベースの展望記憶において,予想していた外的想起手がかりが呈示されなかった場合の不随意的想起の性質を解明することを目指した。そのためにまず,記憶日誌法を用いて日常場面における「し忘れ」経験を集め,その特徴を分析した。その結果,このような想起の頻度は全体の約10%であり,注意拡散やリラックス状態で生じやすいということが明らかになった。これらの特徴は自伝的記憶の不随意的想起と同様であることから,手がかりなしでの不随意的想起のメカニズムは,展望記憶と自伝的記憶とで共通であろうと推測された。次に,事象ベースの展望記憶課題において想起手がかりを呈示しないという,これまで行われてこなかった新たな条件を設定した実験研究を行ったところ,展望記憶課題の遂行特徴が,時間ベースの展望記憶における時計チェック曲線と類似したJ字型になることが分かった。この結果は,事象ベースの展望記憶と時間ベースの展望記憶は別個のシステムではなく,手がかりなしで展望記憶課題を自発的に想起するというプロセスを共有していることを示している。また,展望記憶課題の遂行成績とワーキング・メモリ容量の個人差の間に相関がなかったことから,展望記憶の想起には必ずしもワーキング・メモリを必要としないということも明らかになった。これらの成果を踏まえ,処理コンポーネントの枠組を援用して時間ベースの展望記憶と事象ベースの展望記憶との関係について整理するとともに,既存のモデルを拡張して,手がかりなしでの展望記憶の不随意的想起をも含んだ動的で一般性の高い展望記憶モデルを提示した。
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