研究概要 |
動物が生存していくうえで,からだに付着するゴミを取り除くこと,また,体内で生じる不要物や体内へ侵入する異物を排出することは重要である。そうしないと,触覚や視覚などの感覚器官が正常に働かなくなるし,カビや細菌,また寄生虫の温床ともなる。本研究では,これまでその存在が全く知られていなかった雄コオロギの生殖器官にあるゴミ処理システムについて,その構造と機能ならびに制御のしくみを明らかにした。まず,雄の生殖室の床を構成する膜の表面を調べたところ,小さな鱗(10μm)が全面を覆っており,それらは正中線を挟んで左右対称に配列されていた。また,鱗の流れに沿って行くと,生殖室の両隅にあるいずれかのゴミ箱(側方嚢)に向かっていることが明らかになった。この膜の上に微小な物体を乗せると,うろこの流れにそって最短ルートで側方嚢に入っていくのが証明された。次に,生殖室膜の運動のしくみを解明することを試みた。まず,膜を裏打ちしている多数の筋繊維の走行をメチレンブルー染色し,光学顕微鏡で観察したところ,各々の筋繊維は表面の鱗の方向と平行に走っていることがわかった。また,膜の周期的収縮運動(0.16Hz)によって微小なしわが寄るが,このときしわの部分の鱗が大きく逆立つことが判明するのが観察できた。これは筋繊維と鱗の並列配置のため,しわが鱗の方向と直角に生じるからである。一方,筋繊維はすべて神経支配を受けており,主軸索からスパイク活動を記録したところ,運動ニューロンは4つあることが予想されたが,コバルトによる逆行性染色をマークしたところ,最終腹部神経節側方部に4つの細胞体が同定できた。そこで,膜の一部を切り出して,リンゲル液中で生体アミンのセロトニンを投与(10-^2M)した。すると膜断片の自発性ぴくつき運動の頻度が増大し,セロトニンの拮抗剤のミアンセリンでは逆に頻度を低下させた。一方,オクトパミンでは変化がなかった。最後に,膜と最終腹部神経節をセロトニン免疫蛍光抗体で染色したところ,4つの運動ニューロンのうちの1つだけに陽性反応が現れた。これらより,生殖室の膜の蠕動運動の制御にセロトニンが関与 していることが明らかとなった。
|