本年度は、医療契約に関するルールのうち、「医療契約に独自の部分=民法の委任に関する規定・解釈が適用できない部分」に属するものにつき、「医療契約に本質的な要素」とは何かという視点から、分析を行った。その成果は以下の通りである。 1まず、全体的な共通の分析視角として、(1)人格権から導き出される患者の自己決定権、(2)専門家としての医師の裁量、そして(3)公共の利益の三者のあいだでの対立・相克関係が見出される。 2それがもっとも個性的に発現するのは、医療情報をめぐる法的関係であった。これを総合的に分析した結論は次の通りである。(1)医療の提供を目的とする情報の取得と利用黙示の承諾の法理による同意原則の緩和のもと、医師による患者情報の取得・利用が行なわれる。利益対立は存在しない。(2)患者からのアクセス原則として、患者は自己情報コントロール権((1))の行使として、自己の医療情報へのアクセス権を有する。例外的に、(1)と(2)の対立関係が生ずる。(3)第三者提供原則として、医師の守秘義務(すなわち(1))により、医療情報の第三者提供は禁止される。しかし、主として公共の利益((3))のために、多くの「例外」が認められ、実際には広範に許容されている。ここでは、(1)と(3)がするどく対立し、困難な事例が集中する(守秘義務については、前採択課題で既に検討)。(なお、この総合的分析成果を纏めた論文をすでに脱稿し、公表を予定している) 本年度の研究は、医療情報に関する筆者のこれまでの研究をベースに、それを「鍵」として、医療契約ひいては医師と患者の法的関係の属性について思考をめぐらすものであった。これは、医療契約論にとどまらず、医事法の学問的体系化というより大きなテーマへ接近する道筋をも与えてくれるものである。
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