本研究では、音楽表現を支える重要な要素である和音がもたらす感性情報の処理過程について、次の二つの着眼点に基づいて実験的検討を行った。第一の点は、和音はそれが単体で持つ「響き」の点ですでに感性的な処理(協和感)を喚起する点である。第二の点は、和音は単体を越えて複数では、通常、楽曲やフレーズごとに調性に基づいて組織化される面であり、全く同一の和音であってもどのような文脈で呈示されるかにより印象(つながりの良さ)が異なる点である。これらは、いずれも音楽の感性処理に複合的に影響を及ぼすと考えられるものの、異なる理論的背景のもとで、別々の実験課題において検討されてきた歴史的経緯がある。本研究で行った実験では、上記の両側面を拮抗させ、特定の和音だけについて選択的に注意を向け感性評価を行う状況を設定した。そして、そのパフォーマンスから情報処理プロセスの自動性や顕在性について考察を行った。より具体的には、各試行で二つの和音が呈示され、聴取者は一つ目の先行和音を積極的に無視し、二つ目に呈示される後続和音だけについて「快-不快評定」を行った。ここで、後続和音は長三和音およびその変形とすることで和音単体での協和感が操作され、先行和音と後続和音の関連性(音楽的に近親、非近親)を操作することでつながりの良さが操作された。実験の結果、上記のような「選択的感性評価」において、後続和音の協和の程度によって快-不快評定値が変動するのみならず、無視するはずの先行和音によっても評定値が変動することが示された。このことは、上記の情報処理のうち先行和音との関係から生じる感性処理過程が強い自動性をもつことを示唆している。
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