研究概要 |
外部磁場の無い環境での三重項以上のスピン多重度を有する分子が示す磁気量子数の違いによるエネルギー準位の分裂を零磁場分裂(ZFS)と呼び,分子磁性の担い手である電子スピンの分布を反映する有用な情報を与える。このZFSを理論的に効率よく計算する方法を分子軌道法に基づいて開発することを目指す本計画では当初スピン非制限法に基礎を置く電子相関理論によるアプローチを採ったが,前年度までにスピン多重度間の混合による影響が過大であって満足な精度を得ることが困難なことが判明した。このためスピン混合なしに大規模な有機分子系を扱いうる理論的手法としてSAC-CI法に基づくプログラム作成に着手し,スピンースピン(SS)相互作用の寄与についてスピン密度表現での近似法を開発した。この近似では一次の縮約密度行列から定義されるスピン密度行列を利用する。SAC-CI法の特徴である効率性によりこれまで困難であった十数原子以上を含む有機分子の三重項励起状態のZFSを理論的に取り扱いうる現在唯一の方法である。カルベン,ナイトレン,含窒素ヘテロ環化合物の励起状態など,非結合性軌道に一個のスピンが局在した系ではこの方法は最大20%程度の誤差で実験値を再現できた。一方,三重項励起状態ベンゼンなどパイ系に二個の不対電子を持つ系では実験と満足な一致が得られない。以上の結果は一電子縮約密度行列による記述ではスピン間の相関した運動が平均化されるため,非常に接近したスピン間の相互作用の取り扱いに原因があると考えられる。スピン-軌道(SO)相互作用については後者の系においてCASSCF法に多参照二次摂動論を利用した計算を行い,SSとSOの寄与を含めた実験の再現性を確認した。スピンの相関を考慮したSS相互作用の取り扱いと,SOもSAC-CI法で扱うことが課題である。
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