研究概要 |
タイヒミュラー空間の双正則自己同相写像群は,タイヒミュラーモジュラー群に一致する(つまり,タイヒミュラー空間の双正則自己同相写像はリーマン面上の擬等角写像から導かれる)ことが分かっている。これは,(無限次元)タイヒミュラー空間論の基本的かつ重要な結果である。本研究では,リーマン面の正則被覆写像から誘導されるタイヒミュラー空間の間の正則埋め込みを考察した。リーマン面が非自明な自己被覆をもつとき,タイヒミュラー空間の非自明な自己正則埋め込みが存在する。このような状況は,たとえば有理関数の複素力学系による不変ファトウ成分において現れ,複素力学系のタイヒミュラー空間の理論では,その考察が重要なステップとなっているものである。まずリーマン面一般についての非自明正則自己被覆の構造定理を証明した。これを用いてタイヒミュラー空間の自己正則埋め込みのタイヒミュラー、小林距離に関する幾何的性質を考察した。複素多様体間の正則写像は,小林距離に関して一般に縮小性をもつが,双正則写像は等長写像である。上記のタイヒミュラー空間の自己正則埋め込みは,いわばその中間に位置する写像であり,縮小性の度合いを測ることが力学系的考察からも興味深い。状況は,リーマン面の自己被覆がamenableとnon-amenableの場合では分かれる。前者では自己正則埋め込みは等長写像となるが,後者ではタイヒミュラー空間の接ベクトル束のopen denseなベクトルに対して縮小的であることを証明した。
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