本研究は、日本語における名詞句と述語の相互作用を包括的に明らかにすることを目的としている。1年目となる平成30年度は、主に述語が持つ語彙的性質が項となった名詞句の解釈についてどのような影響を及ぼすのかを考察した。 名詞句の特定性の問題は、形式意味論や言語哲学といった分野において重要な研究課題とされてきた。一方、これまでの日本語研究においては、項となった名詞句の特定性が問題にされることはほとんどなかったと言ってよい。日本語における名詞句の解釈については、次のような興味深い現象が存在する。例えば、同じ名詞述語文であっても、「学生はスポーツ選手だ」のような場合には、「ある学生がいて、その学生はスポーツ選手だ」という特定的な解釈以外は容認しにくいのに対し、「学生は怠け者だ」のような場合には、「学生は誰であれ怠け者だ」という不特定的な解釈が容易に可能となる。このような現象は、従来の分析では捉えることができない。 本研究では、このような述語名詞の違いは、「スポーツ選手だ」の場合、ある認識主体の心内世界を参照することなく真偽値が確定できるのに対し、「怠け者」の場合、ある認識主体の心内世界を参照しなければ真偽値が確定できないという点にあると主張した。言い換えれば、述語の表す命題が成立するにあたって、ある認識主体の心内世界を参照しなければ真偽値が確定できない場合には、項となった名詞句が不特定的解釈になるということである。 以上の分析は、名詞述語に限らず、形容詞述語や動詞述語においても適用することができる。述語の性質をこのように捉えることで、日本語における名詞句と述語の相関関係が部分的に解明されただけでなく、これまで結びつけられてこなかった語彙意味論と形式意味論といった分野の橋渡しも可能となり、極めて重要な成果が得られたと言える。なお、以上の実績は論文としてまとめられ、公開されている。
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