本研究の目的は,非母語音声に接したヒトの音声知覚メカニズムの反応と処理の機序を明らかにすることにあった.その結果を踏まえ,複数の言語を使用する経験が,ヒトの音声知覚メカニズムにどのような影響を与えるかについても踏み込むことを目標とした. 類型論的に稀な語頭子音連続に含まれる破裂音について,その調音位置の知覚傾向を分析した結果,聞き手の母語(日本語・英語・ロシア語)によって,調音点同定に対する知覚的手がかりが異なることが判明した.さらに,日英バイリンガル話者を対象に,指示言語(日本語・英語)別の2群に分けた音声知覚実験を実施したところ,幼少期から第二言語(英語)に触れて生育したバイリンガル話者については,指示言語の別なく,知覚傾向は英語母語話者に類似することを指摘した. 以上のことから,子音の調音位置の知覚は,聞き手の言語における音韻制約にかかわらず,純粋なボトムアップ処理によって決定されることを示し,また,母語以外の言語を習得する経験によって,知覚的手がかりの優先順位に変化が生じることを明らかにした. 今後は,バイリンガル話者における2言語のドミナンスと調音点知覚傾向との相関関係にも着目し,より包括的な分析を行う予定である.
|