2019年度は、前年度の研究を踏まえて以下の二つの研究に取り組んだ。研究成果は、博士論文「不定の二人称への言表行為――ジャン=リュック・ナンシーにおける言語の問い」(早稲田大学、2020年2月)と、日本フランス語フランス文学会関東支部大会での研究発表「「なぜ」から「いかに」へ――なぜ脱構築は文学を語るのか」にまとめられている。 (1)『エスプリ』誌の思想的変遷 前年度までのエマニュエル・ムーニエについての研究を踏まえて、主にジャン=マリ・ドムナックが編集長に就任した一九五〇年代後半以降の『エスプリ』の思想動向を明らかにした。当該時期の『エスプリ』を通覧することで、ドムナック編集長体制において人格主義がキリスト教運動という枠組みに徐々にとらわれなくなっていったことが明らかになった。さらに、その後の『エスプリ』の動向の研究の一環として、現在同誌の編集顧問を務めているミカエル・フッセルの『世界の終わりの後で』を翻訳した。 (2)ナンシーにおける言語論と共同体論の関係 上記の研究と前年度の研究をもとに、ドムナック体制のなかで登場したナンシーが、いかに言語論と共同体論を発展させていったかを明らかにした。ナンシーは既存の人格主義を批判的に継承しつつ、独自の言語論を提示することから仕事を開始している。その後もナンシーは、近年の著作に至るまで人格主義由来の語彙を用いながら言語論を深化させており、そこでは言語の発話行為が最も重視されていることを示した。そして、この発話行為が「不定の二人称」へと差し向けられており、ここに独自の共同体論とも密接に関係するナンシーの人間主義があることを明らかにした。
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