研究期間の最終年度、および研究期間の全体を通して得られた研究成果を以下に記す。建築家の渡辺豊和氏(1938ー)は「地域住民が愛着をもつ公共建築のつくり方」を考案した。渡辺氏は公共建築を計画する際、まず最初に、対象地域において先祖代々伝わる「伝説・神話・昔話」に着目する。こうした伝承文学から、地域住民が潜在的に欲している建築的イメージを読みとり、自身の公共建築に取り入れた。 こうした設計方法は特殊なため、これまで知られておらず、本人さえもその方法を体系化してこなかった。本研究の成果は、こうした方法を詳細にわたり明らかにしたことにある。研究成果の全貌は、現在進行中の出版物において明らかにする。そのため、ここでは本研究が明らかにした渡辺氏が実践した方法の諸段階のみに触れる。(1)数ある「伝説・神話・昔話」の中からどれに注目し、採用するのか。 (2)「伝説・神話・昔話」はコトバ、すなわち文学的内容である。こうしたコトバをどのようにイメージ(映像)に変換するのか。 (3)変換されたイメージは、いまだ建築ほど具体的ではなく抽象的である。この抽象イメージを、どのように具体的な建築空間に転化するのか。 (4)「伝説・神話・昔話」が取り入れられた公共建築は本当に、地域住民が潜在的に欲していた建築イメージなのか。そのことを確かめる方法はあるのか。 以上の諸段階、諸問題について、本研究は、対馬豊玉町文化の郷、加茂町文化ホール、秋田市体育館、上湧別屯田兵博物館の4棟を主たる例として明らかにした。 一方で渡辺が地域住民から読みとった建築イメージのことを、建築家の増田友也(1914ー81)は「Ethnos(故郷・原郷)」と呼んだ。本研究は、それまで不確かであったEthnosの概念についてその全貌を明らかにした。同時に増田の思想と渡辺の思想の関連性を見出し、彼らが追求した現象学的空間論を明らかにした。
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