研究実績の概要 |
グラフェンは優れた導電性を持つ物質であるが、さらに何らかの制御によってギャップを導入することが可能になれば、応用価値はますます広がるものと期待される。グラフェンの模型である2次元ディラック電子系では、電子間斥力によりモット絶縁体転移が起こるため、実験的にはグラフェンを伸長することで電子間相互作用を制御し、絶縁体化させる試みが行われている。最近、この実験に対応した第一原理量子モンテカルロ計算が行われ、モット絶縁相の隣にパイエルス絶縁相が存在すると報告された[PRL 121, 066402 (2018)]。 本研究では、第一原理計算とは相補的なアプローチとして、格子模型に基づく計算でパイエルス絶縁相の可能性を検証した。グラフェンに対応してハニカム格子上でのハバード模型を考え、Peierls型の電子格子相互作用を考慮した。通常、このような設定では格子変位の空間的なパターンが無数にあるため、最も安定な格子構造を探すことは簡単ではない。それに対し、FrankとLiebは対称性に基づく議論により、ハニカム格子の場合は自由エネルギーが最小となる格子構造は、最大でもユニットセルに6つの格子点を持つ場合に限られることを示した[PRL 107, 066801 (2011)]。 そこで、本研究では、ハニカム格子で許される格子変位のパターンを全て考慮した上で、最も安定な構造を数値的に決定した。計算手法は補助場量子モンテカルロ法を用い、格子自由度に関しては断熱近似による簡単化を行った。得られた有限温度相図からは、半金属相と反強磁性モット絶縁体の間にケクレ型の歪みを持つVBS相が存在することが明らかとなった。この結果は第一原理計算の結果と整合的であり、実験的には負圧印加によりVBS相が誘起される可能性を示唆するものである[PRB 109, 115131 (2024)]。
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