研究課題
若手研究
令和5年度は引き続き、本研究の基礎文献となる『三母広注』および『十万頌広注』とその影響を受けて編纂されたとされる『世尊母伝承随順』の翻訳作業と校訂テキスト作成を進めた。本研究課題推進の成果は、毎年日本印度学仏教学会の学術大会で発表を行っている。平成30年度は「八千頌般若と二万五千頌般若の比較研究-ネパール系梵本を手がかりとして-」、令和元年度は「『八千頌般若』「須菩提品」とは何か-『世尊母伝承随順』による理解を手がかりとして-」、令和2年度は「後期インド仏教における正法五千年説」、令和3年度は「後期インド仏教における大乗仏説論」、令和4年度は「般若経注釈文献における如来蔵思想」、令和5年度は「注釈史からみた現存般若経諸本」と題する発表を行った。またこの他の学会での発表、そして学会誌や紀要等への論文発表を毎年継続して行っている。本研究の推進により、インド仏教史上における『現観荘厳論』に基づく般若経解釈と、『三母広注』に基づく般若経解釈という二つの系譜のうち、未解明な部分が多い後者の解釈史がいくつか明らかとなり、それによってインド仏教全体における般若経解釈史の解明が可能となり、インド大乗仏教の発展過程の解明の一助となると考える。
2: おおむね順調に進展している
本研究は『三母広注』内における特徴的な思想や教理がみられる箇所を抽出し、仏教思想史上における同テキストの位置付けを明らかにする研究を行う方向へと方針を転換した。本研究の基礎文献である『三母広注』は、従来研究が進められてこなかったものであるが、本研究課題の推進により、その教理的特徴の一端が解明され、またインド仏教史上におけるその位置付けを多少明らかにすることができたと考えている。具体的には、『三母広注』には、従来指摘されることがなかった北伝大乗仏教における正法五千年説が説示され(従来は南伝上座部大寺派の正法五千年説のみが知られていた)、かつ同説が、マンジュシュリーキールティ著『三昧王経注』やダシャバラシュリーミトラ著『有為無為決択』に言及されているということ、また『三母広注』の「菩薩」理解は『宝性論』所説の如来蔵説をふまえたものであると考えらえること、さらに『三母広注』をふまえて後の12世紀に著された『世尊母伝承随順』ではいわゆる大乗仏説論が展開されことが明らかになり、インド仏教最後期においてもなお大乗仏教は自らの正統性を主張し続けていたこと等を明らかにすることができた。本年度は、本研究課題の「もうひとつの般若経解釈史」とは別の般若経解釈史とを対比させ、インド仏教全体における般若経解釈史解明を目指した。具体的にはインド仏教史上における般若経解釈の系譜には『現観荘厳論』による八現観説に基づくものと、『三母広注』による三門十一異門説に基づくものとがあることが知られているが、このような般若経解釈の二つの系譜において伝承される般若経自体がそれぞれ異なった系統のものであった可能性があることを指摘した。つまり、二つの解釈があったことから、結果的に二つの系統の般若経が現存することになったとの想定が可能であろういう点を指摘した。
令和6年度は引き続き『三母広注』と『世尊母伝承随順』および『十万頌広注』の翻訳作業と校訂テキスト作成を中心に進める予定である。令和6年度も本研究課題の「もうひとつの般若経解釈史」とは別の般若経解釈史とを対比させ、インド仏教全体における般若経解釈史解明を目指す。具体的には①「仏身論」を取り上げ、般若経の二つの解釈史上におけるそれぞれの思想的特色を明らかにしたい。また②以前にも触れた「正法」の理解をめぐる議論を改めて取り扱う予定である。この他、③現存チベット語訳『八千頌般若』について特に近年新たに公開された資料にもとづく再考を行いたい。さらに④インド仏教における般若経の成立をめぐる近代仏教学界での議論を振り返り、その議論の現代的意義について改めて検証することとしたい。また、令和7年度に開催が予定される国際仏教学会(IABS)への参加準備をあわせて行い、さらなる研究課題に取り組むための準備を進める。
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