研究概要 |
ある課題を行うときには、その目的の動作とともにそれを支える姿勢が制御されている。姿勢は課題によって調整されるものであり、課題の達成を促進するものであるということが明らかになっている。この身体の習慣の成立を二つの研究で検討した。 第1の研究では、配置を変化させる行為の柔軟性のダイナミクスの問題をめぐって,画家の描画行為を検討対象とし,ビデオ観察では記述することが難しい身体運動の時間変化のパターンを3次元モーションキャプチャーシステムによって計測し,非線形時系列解析などの手法を用いた検討を行った.分析の結果,自然な状況でブロンズ像のデッサンを行う二人の画家において,左右に配置されたモチーフと画面の両方を見るという課題を解決する仕方が,画面の変化と描画の進行にともなってダイナミックに変化していることが示された.また,描画行為が埋め込まれた周囲と身体との関係に目を向けると,モチーフを固視する頻度や画家の身体運動は,行為が埋め込まれた周囲のモチーフや画面の配置および画面の変化と独立した要素ではなく,進行中の描画の状況と,環境のさまざまな制約との関係において共起する複数のプロセスのせめぎあいの結果として生じているものであることが示唆された.従来の描画行為の研究のように(e.g., Cohen, 2005),"モチーフを見る頻度"といった単一の変数を切り取ることからは見えない柔軟性の側面が,配置(持続するモチーフと画面の配置,および変化する画面上の線の配置)と行為の組織(見る行為と,鉛筆の動きを画面上に記録する行為)という全体の構造に注目することで浮かび上がってくることを実証的に示した. 第2研究では、複雑な視覚-運動課題であると考えられるけん玉操作の事例をとりあげ、熟練者群と初心者群との姿勢の比較を通して、こつを必要とする技において姿勢がどのように制御されているのか、その特徴を明らかにすることを目的とした。研究ではけん玉の技の一つであるふりけんを運動課題として設定した。実験には、けん玉の初心者・熟練者各4名が参加した。初心者群は実験を行う前にふりけんを実行したことがなかった。熟練者群の参加者はみな、日本けん玉協会で実力が最高レベルに達していると認定されていた。実験参加者はふりけんを20回を1ブロックとして10ブロック、合計200回のふりけん試行を実行した。実験参加者のふりけん動作とけん玉の運動が3次元動作解析装置により記録された。分析によると、頭部・膝の運動ともに熟練者群のほうが初心者群よりも単位時間あたりの変化量が大きかった。頭部運動と膝の運動の速度ピークについても、基本的に熟練者群のほうが初心者群よりも大きかった。頭部の運動に関しては、特に垂直方向への運動の違いが両群で顕著であった。玉と頭部のカップリング、玉と膝のカップリングについては、両方とも熟練者群の方が初心者群よりも強かった。各ふりけん試行の最終時点における頭部と玉との距離・膝と玉との距離が試行間で一貫しているのかを調べたところ、頭部と玉との距離については、熟練者群のほうが初心者群よりも試行間でのばらつきが小さかったが、膝と玉との距離については、両群でそのばらつきは変わらなかった。以上の結果から、初心者群では運動する玉に対して身体の姿勢はスタティックなものであったのに対し、熟練者群では運動する玉に頭部・膝がダイナミックに協調するような姿勢を採用していたと言える。
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