研究概要 |
東アジアグリーンベルトにおけるクロショウジョウバエ区の適応放散について研究した。温帯域に生息するクロショウジョウバエ区の多くは1年間に数回世代交代を繰り返し,9月以降は生殖器官を発達させることなく,越冬に備えて休眠に入る。Drosophila quadrisetataは2世代を送っていることが分かったが,大きな分類群であるquadrisetata種群で初めて季節消長が明らかになったものである。渓流沿いのクリフシェルター(木の根やシダ植物で被われた窪地)が越冬場所である。robusta種群のDrosophila okadaiの生活史は特異的で,年1化であった。 卵期からいろいろな日長条件で飼育し,羽化後の卵巣発達速度を調べた。1化性のDrosophila okadaiでも18C・短日条件下で生殖休眠が誘起された。このことは本種の生殖休眠も条件休眠であることを示している。一方,熱帯から亜熱帯に生息しているDrosophila darumaの光周期反応を調べたが,短日条件で飼育した雌個体も羽化後16日目には卵巣を成熟させ,次世代を産出していた。 地方集団の遺伝的分化について調べたところ,melanica種群のDrosophila tsiganaの腹部背板の黒色模様に変異が観察された。すなわち,暖温帯型(東京産と京都産)では雄背板は黒色であるが,冷温帯型(北海道定山渓産)では第IIからIV背板の黒色模様が中央で大きく切れ込んでいる。生態も若干異なっており,暖温帯型は樹液に集まりトラップでは甚だ捕獲し難いが,冷温帯型では夏季以降はトラップに効率良く誘引される。一方,暖温帯型と冷温帯型では雌雄とも生殖器の構造上の違いは発見できなかった。無選択法によって隔離機構を調べたところ,不完全ではあるが交尾前隔離が確認された。 ミトコンドリアDNA遺伝子COIの塩基配列を調べたが,日本のDrosophila tsiganaの暖温帯型はむしろ冷温帯型よりも中国貴州省産のDrosophila tsiganaに近いという興味ある結果が得られた。
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