研究概要 |
本研究は社会規範の形成・維持・脆弱化をネットワーク・ゲームとしてモデル化し分析することを目的としていたが,研究の過程で神経経済学と生物人類学或いは動物行動学との関連に気づいた。前者では,理性的なはずの意思決定も意識下の自動的な情報処理に影響されることや,進化過程で情動的情報処理を行う脳の領域に理性的情報処理を行う領域が追加されたことによる両者の相関性が主張されており,進化生物学・人類学では,家族単位ではめったに獲れない大きな獲物の集団内分配の慣習化・規範化によって,食糧摂取の変動を最小化し氷河期を生き抜いた歴史が人類の平等主義の進化的起源だという主張がある。両分野のこうした研究成果を総合すると,人間の利他性或いは公平性は,進化過程での個人及び共同体の生き残りに起源があり,それが脳に無意識な反応として組み込まれ,不公平な行為には負の感情を抱くようになった,という仮説が立てられる。しかしこのような進化ゲーム・モデルは想定する期間が長過ぎるので,本研究ではAdam Smithが『道徳感情論』(1759)で拠り所としていたsympathy(同感)を生み出すと解釈できるミラー・ニューロンの働きに注目した。ただしゲーム理論モデルとしてはBinmore(1994,1998)が考案した共感均衡という概念を参考にした。これは個々のプレーヤがそれぞれ主観的に他人と自分の効用を比較し,徐々に異なる個人間で合意され最終的には社会的に合意され共有認識となった時点で達成される均衡である。この過程は,Hayek的自生的(進化的)秩序の形成過程と解釈できるし,合意された均衡としての効用の中には,法哲学者Dworkin(1986)の言うintegrity(純一性,整合性)のある法体系に共有される道徳が含まれるとも解釈できる。以上のモデルのアイディアついては下記の論文にまとめたが,数理モデル化については試行錯誤の段階にある。
|