研究課題/領域番号 |
19720155
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研究種目 |
若手研究(B)
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配分区分 | 補助金 |
研究分野 |
史学一般
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研究機関 | 東京外国語大学 (2008-2010) 東京大学 (2007) |
研究代表者 |
吉村 貴之 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 研究員 (40401434)
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研究期間 (年度) |
2007 – 2010
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研究課題ステータス |
完了 (2010年度)
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配分額 *注記 |
3,140千円 (直接経費: 2,600千円、間接経費: 540千円)
2010年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2009年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2008年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2007年度: 800千円 (直接経費: 800千円)
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キーワード | 世界史 / ナショナリズム論 / アルメニア / ナショナリズム / 共産主義 / ソ連 / 国際関係 / 中東 / ディアスポラ / エスニシティ |
研究概要 |
現在のアルメニア共和国に位置する地域が全世界のアルメニア人エリートから民族の「故郷」と認知されるようになったのは第一次大戦後のことであるが、これは単に第一次大戦中に発生したアルメニア人の虐殺・追放によって人口重心がオスマン帝国から旧ロシア帝国に移動したからではない。むしろ、1920年代を通してソヴィエト・アルメニア政府が、旧オスマン帝国のアルメニア人エリートに経済復興の協力を要請し、一方旧オスマン・アルメニア人エリート側は、ソヴィエト・アルメニアを追われた民族政党との在外コミュニティ内での勢力争いを有利に進めるために、虐殺難民をソヴィエト・アルメニアに移住させ、在外アルメニア人社会で親ソ宣伝を行った結果、在外アルメニア人のエリート層においてもソヴィエト・アルメニアが民族の「故郷」と位置付けられるようになり、以降はソヴィエト・アルメニアの正当性が政治論争の中心となった。
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