【研究目的】ドキソルビシン(DXR)は、多くのがん治療に用いられているアントラサイクリン系の抗癌剤であるが、重篤な心筋障害を高頻度に発現させるため、総投与量が500mg/m^2を超えないように厳しく制限されている。心毒性の発現には、心筋細胞への障害作用やDXRにより生成するフリーラジカル等の関与が示唆されているが、詳細な発現機序は未だに解明されていない。そこで本研究では、培養ラット心筋芽細胞(H9c2)を用いて、DXRによる心筋細胞障害の発現機序および予防策に関する検討を行った。 【研究方法】H9c2細胞にDXRを曝露し、細胞生存率の変化をWST-8法により測定した。アポトーシスの検出は、一本鎖DNA(ssDNA)抗体を用いた染色法により行い、ミトコンドリア機能の評価はミトコンドリア膜感受性試薬JC-1を用いた。アポトーシス関連因子は、特異的な抗体を用いたウエスタンブロット法により評価した。 【研究成果】DXR(1-10μM)の曝露によりH9c2細胞に、濃度および時間依存的な障害が引き起こされ、その障害はssDNA染色に陽性のアポトーシスであることが明らかとなった。また、細胞障害の発現には、ミトコンドリア機能異常や、アポトーシス関連因子p53の関与が示唆された。p53阻害剤pifithrin-α(25μM)は、DXRによる細胞障害を顕著に抑制した。一方、抗酸化剤であるN-アセチルシステイン(100-1000μM)や尿酸(100-500μM)、鉄キレート剤であるデフェロキサミン(1-10μM)や、ソブゾキサン(100-1000μM)、細胞内Ca^<2+>キレート剤BAPTA-AM(1-10μM)は、いずれれも、DXRによる細胞障害に効果を示さなかった。一方、クロライドチャネル阻害剤DIDS(10-100μM)は、DXRによるミトコンドリア機能異常を改善し、心筋細胞の障害を保護した。
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