研究課題/領域番号 |
19K00285
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分01080:科学社会学および科学技術史関連
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研究機関 | 大阪経済法科大学 |
研究代表者 |
藤岡 毅 大阪経済法科大学, 公私立大学の部局等, 客員教授 (60826981)
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研究分担者 |
本行 忠志 大阪大学, 大学院医学系研究科, 招へい教授 (90271569)
林 衛 富山大学, 学術研究部教育学系, 准教授 (60432118)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
2,340千円 (直接経費: 1,800千円、間接経費: 540千円)
2021年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2019年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
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キーワード | 小児甲状腺がん多発 / 福島原発事故 / 甲状腺被ばく / UNSCEAR2020/21レポート / 甲状腺吸収線量過小評価 / 2つのパラダイムの対立 / 初期被ばく / 短半減期放射性ヨウ素 / 安定ヨウ素剤服用 / 内部被ばく / UNSCEAR2020 / 放射線の健康影響 / 福島甲状腺がん / 甲状腺被曝線量推定 / ICRP Publication 146 / 科学と政治 / 東電福島原発事故 / 県民健康調査検討委員会 / UNSCEAR報告 / ICRP勧告 / アグノトロジー / 低線量被ばくの健康影響 / 低線量被ばくをめぐる科学論争 / 原発事故被災者の権利 / 被ばくをめぐる科学の「不確実性」 / 科学論争と政治的決定 |
研究開始時の研究の概要 |
東電福島第一原発事故以降、低線量被ばくの健康影響評価をめぐる論争が行政・学術・市民など様々なレべルで行われてきた。この論争の帰結は、 原発事故被災者の健康悪化をいかに防ぐか、核被災地の「復興」はどうあるべきかなど、重要な政策決定に影響するにもかかわらず、論争自体は十分に掘り下げられていない。むしろ100mSv以下の放射線の健康影響は軽微とする意見が行政に採用され、政策が進んでいる。本研究は、二極分化している低線量被ばくの健康影響をめぐる日本の論争をトータルかつ学際的に研究し、科学社会学の発展に寄与すると同時に、低線量被ばくの健康影響を無視したまま事態が進む日本の現状に一石を投じるものである。
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研究実績の概要 |
2022年度は福島原発事故後、県民健康調査で明らかになった小児・青年甲状腺がん発見率が通常の数十倍であったことに関する論争、放射線の影響か否かをめぐる論争の評価に一定の結論をつける活動に重点をおいた。 まず、科学史学会年会シンポジウムで、「原発事故後の小児甲状腺がん多発問題をめぐる歴史と現在」を企画し、チェルノブイリ原発事故後の放射線の健康影響をめぐる議論、特に甲状腺がんが放射線被ばくの影響であると国際的に確認された経緯を科学史的に辿った。こうした歴史的認識を背景として、放射線の影響ではないとする見解を代表する2人の専門家と放射線影響であるとする2人の専門家の直接的討論を開催した。被ばく影響に関して異なる立場の研究者が同じテーブル上で論争する機会は貴重であり、対立点が明らかになると同時に、異なるパラダイムの対立であるかのように「共訳不可能」な状況が浮かび上がった。これらの議論は『科学史研究』No.305(2023年4月号)に小特集として掲載された。 放射線の影響ではないと主張する日本の専門家はUNSCEAR2020/21レポートに依拠しており、その意味でUNSCEARレポートの吟味が重要である。UNSCEARレポートを吟味した多くの専門家の見解を整理すると、同レポートの福島原発事故による甲状腺吸収線量の推定値が多くの無理な仮定を設けて過小に評価したのではないかという疑いが浮上する。また、過小に評価した線量推定値であっても、甲状腺がん発生率との正の相関が見られるという研究も説得力があり、こうした研究者の参加を得てUNSCEARレポートおよび福島県立医大論文を検証するシンポジウムを企画した。その成果はネット公開された。 さらにこうした線量の過小評価が生み出される歴史的・社会的背景の考察も試みた。科学技術社会論学会での発表をベースに概略を小論にまとめ共著の1つの章として出版した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は最終年にあたるとして、甲状腺被ばくをめぐる異なる立場の研究者同士の直接の討論を企画し、論争に一定の評価を下すことを前年の今後の研究の推進方策に掲げた。その意味で日本科学史学会において異なる立場の研究者同士の討論を実現し報告も出版できたこと、放射線の影響であるという立場からその立場の専門家の見解をある程度総括するシンポジウムを企画できたことなどから、概ね順調に進展できたと思う。ただし、多くの専門家や被災者のさまざまな意見を聞くために想定していた出張のいくつかは新型コロナの蔓延のため思うようにいかなかった面がある。これまでの研究から放射線の健康影響評価におけるパラダイムの形成について歴史的に見通すことはできたが、現在の論争が異なるパラダイムの対立として捉えることができるかどうかについてはまだ研究途上である。さらに、こうした科学としての2つのパラダイムと原発事故被害者からの視点との関係性など残されている問題はまだ多いので引き続き研究が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
原発事故後の小児甲状腺がんの多発の原因をめぐる意見対立は、放射線健康影響科学における異なるパラダイムの対立と捉えることができるか、同じパラダイムをベースにした事実の解釈の違いによる意見の相違で、議論を進めれば一致しうるものとみなすことができるか、の二通りの解釈が可能と思われる。また、異なるパラダイムと捉えた場合にはそれらの対立は理論的問題に過ぎないのか、あるいは2つのパラダイムに対応するそれぞれの利害集団(ステークホルダー)が存在すると考えることができるかどうかも重要な研究テーマとなる。パラダイムの対立と捉えられない場合にも、意見の対立の背景にステークホルダーの存在を仮定することは研究方法として有用だと思われる。甲状腺がん裁判の動向を把握することはこれらの研究の観点からも重要である。 最後に以上のような論争の分析によって得られる意味のある重要な成果は、放射線防護の理論と方策に肯定的な影響を及ぼすことにあると思われる。放射線防護の理論と方策を科学だけではなく人権尊重と倫理の向上に繋げることが重要で、そうした方向に研究を進める必要もある。
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