「宗教的要求は我々の已まんと欲して已む能わざる大なる生命の要求である」。ある著名な哲学者のことばです。宗教が個人の生きがいと密に関わるならば、信教の自由は手厚く守られなければならないということになるでしょう。実際、最高裁判決の中にも手厚く保障しているものがあります。 しかしながら、現実の訴訟の場で、信教の自由の中身をどのように認定し評価すべきか、それをどう考慮して判断すべきかという肝心の問題については議論の蓄積が不十分であり、このままでは権利が十分に保障されなくなってしまう恐れがあります。本研究は、イギリス憲法における信教の自由論を手がかりにして、従来の議論の不足部分を補うものです。
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