研究課題/領域番号 |
19K01550
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分07010:理論経済学関連
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
尾崎 裕之 慶應義塾大学, 経済学部(三田), 教授 (90281956)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,420千円 (直接経費: 3,400千円、間接経費: 1,020千円)
2021年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2020年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2019年度: 1,820千円 (直接経費: 1,400千円、間接経費: 420千円)
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キーワード | ナイトの不確実性 / 主観的確率 / 客観的確率 / 意思決定論 / 曖昧さ / リスク / 非期待効用理論 |
研究開始時の研究の概要 |
ナイトの不確実性は、不確実性の度合いが深く、伝統的な経済理論で仮定されていたような、単一の確率で不確実性を記述することが難しい状況を分析することを目的として開発された。このような理論の代表的なものが、上で紹介したギルボアとシュマイドラーによる、複数の確率を仮定して不確実性を記述するモデルであり、近年、盛んに用いられている。 申請者は、拙著の完成後、エントロピー理論における重要な概念である「カルバック・ライブラーの情報量」と呼ばれる指標が、上記モデルと密接に関係していることに気が付いた。これを足掛かりとして、ナイトの不確実性を情報理論とを関係づける試みも本研究課題に含めたいと考えている。
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研究実績の概要 |
本実施状況報告書作成者(以下「尾崎」とする)は、不確実性が存在する場合の人々の意思決定問題を研究してきた。「不確実性」とは、何が起こるかわからず、仮に、何かが起こるとしても、その生起確率さえも人々にはわかっていない状況を指して言う。この場合、統計学者Savageの伝統に沿って、人々は確率測度を(何らかの方法で)保有しており、生起したことから得られる効用水準の期待値を先程存在を仮定した確率測度を用いて計算し、最も高い期待値を達成する行動を彼女または彼の最善の選択肢として選択する、というのが標準的な意思決定理論の理論的フレームワークとなっていた。 ところが、この理論では説明することができないにもかかわらず、日々観察される現象が幾つか存在している。代表的なものが「Ellsbergのパラドックス」である。この状況を打開したのが、大変惜しくも昨年亡くなられたDavid Schmeidler氏であり、彼は、必ずしも速度とならない(線形成を有しない)確率のようなもの(数学用語では「capacity」と呼ぶ)が用いられる状況、および、通常の確率測度が一つではなく複数個用いられる状況の2つの場合を考え、上記のEllsbergのパラドックスが綺麗に説明できることを証明した。1992年のことである。ちなみに、Savageの伝統的理論をSEU、capacityを用いる理論をCEU、複数の確率測度を用いる理論をMMEUという。Schmeidler以後、SEUに替えて、CEUおよびMMEUを用いた基礎研究、それを具体的な経済モデルに適用して、その結果を分析する応用研究が、それこそ数えきれないほど量産されてきた。尾崎がこれまで取り組んできた研究は、このリサーチ・プログラムをさらに発展させてきたものであり、中には一定の評価をいただいているものもある。「進捗状況」の項で2022年度の研究活動に限り詳述する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上で触れたように、CEUとMMEUの理論面では、より洗練した理論の開発を、また、応用面では、これらの理論を具体的な経済モデルに適用し、その結果(SEUを用いた分析とは大きく異なる結果を得ることが多い)を分析することに取り組んできた。それらは、2017年に"Economic of Pessimism and Optimism"(西村清彦氏との共著、Springer、2018年度日経・経済図書文化賞受賞)に纏められた。そこでは、このリサーチプログラムの更なる大きな可能性に触れたが、今回の課題で取り組んだのはまさにこのような研究である。 2022年度には、特にこの中から2つの論文の完成に力を入れた。一つは、評価の高いJET誌に2004年に掲載された西村・尾崎論文の発展形である。なお、これは東京理科大学講師・岸下大樹氏との共同研究である。2004年論文は、不確実性が増加したときに一時的失業者の職探し期間にどのような影響を与えるかを分析したもので、不確実性の増加は、とりあえず最低限の所得を確定させることの重要性が高まる結果、職探しの期間は短縮される、という結果を得た。これは、伝統的なSEUモデルでは導出できなかった結果であり、我々の直観とも合致する。実際、他の研究者が、本論文のモデルを実験によって検証した結果、西村・尾崎論文と同じ結果が従うことが確認されている。 西村・尾崎論文では、CEUモデルを採用し、しかもそこで用いられるcapacityは、数学的に記述すると「凸」という制約に従う一般性を欠くものであった。そこで本研究では、この凸性を制約から外した場合に結論がどうなるかを分析している。この場合、一見無関係に思えるパラメターの値が最終的な結論に影響するなど、分析がかなり複雑になる。それだけ、モデルとしての深みは増すのであるが、査読誌への投稿までには至っておらず、それが目標となる。
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今後の研究の推進方策 |
「進捗状況」で触れた2つ目の研究は(東京理科大学講師・中田里志氏との共同研究)、2022年度内に完成することができた。現在、中堅の査読誌に投稿中であるこちらについて、少し説明する。元々、本論文はより難易度の高い査読誌に投稿したものであるが、残念ながら不採択という結果であった。しかし、エディター及びレフェリーが非常に有益な多数のコメントと参照すべき論文を紹介してくれた結果、内容を大幅に変更し、論文の目的を絞り、内容もより冗長さを排除し良く纏まったものになった。(この論文は、2023年6月開催の国際会議での報告論文として採択された。) 本論文では、SEUモデルが否定された現状においても、確率測度は意思決定論から排除されたわけではなく、それは依然として、少なくとも2つの大きな役割を持っていると主張する。一つは、行為の選択肢としてである。コインを振って、表なら外へ、裏なら自宅で読書、というのは確率を利用した一つの行為であって、行為の間の好悪を決めるのが意思決定論である。ここでの「コインを振る」は客観的確率と呼べるだろう。今一つは、CEUで用いられるcapacityが確率測度を歪めて導かれる場合である。この確率測度は、個人の心理を反映しているが故に主観的確率と呼べるであろう。本研究では、本質的に異なる2種類の確率を明確に区別することで、不確実性下の選考関係の諸表現(SEU、CEU、MMEU、等々)の間に存在する、整然とした関係性を厳密に示した。 この研究をさらに発展させることによって、同じクラスに属する選考関係の強度を「歪み」の観点で順序付けるといった技術的な研究に加え、確率の客観性と主観性の間に存在する相克性を手掛かりに、カントに始まるドイツ観念論との関係といった、最近注目を集めつつある、経済学と形而上学の関係性をも射程に入れることが可能となる。この方向での発展も視野に入っている。
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