研究課題/領域番号 |
19K13368
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分03030:アジア史およびアフリカ史関連
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
伊藤 一馬 大阪大学, 大学院人文学研究科(人文学専攻、芸術学専攻、日本学専攻), 招へい研究員 (90803164)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
完了 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,290千円 (直接経費: 3,300千円、間接経費: 990千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2021年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2020年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2019年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
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キーワード | 北宋 / 辺境軍事社会 / 西兵 / 経略安撫使体制 / 東部ユーラシア / 蕃兵 / 石窟題記銘文 / 「宋西北辺境軍政文書」 / 宋夏戦争 / 将門 / 宋西北辺境軍政文書 / 軍事基盤 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は,文治主義・中央集権を推進したと広く認知される北宋王朝(960~1127年)における軍事や“武”の意義を,北宋を取り巻く国際情勢とその変動にともなう軍事情勢の中で北宋を支えた軍事的基盤がいかなるものであったか解明することで再評価することを目指すものである。 また,長く北宋の軍事的基盤であった,西夏と対峙する西北辺地域を取り上げ,様々なヒト・モノ・カネの動きによって織りなされる,軍事前線地域の社会構造―「辺境軍事社会」―の実相を描き出すことを試みる。 以上を通じて,北宋軍事情勢の諸側面が,単に「中国」という枠組みにとどまらず,東部ユーラシアの歴史展開と連動していたことを示す。
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研究成果の概要 |
本研究を通じて得られた成果を整理すると以下の通りである。(1)11世紀半ば以降に軍事的重要性を増した西北地域では西夏に対する防衛戦略・情報伝達システムに基づく経略安撫使体制が整備され、以後の軍事体制の基盤となった。(2)北宋の軍事行動を支えたのが「西兵」と呼ばれる軍団であり、北宋の最強の軍事力として各地の戦線にも投入された。特にチベット系・タングート系の蕃兵が精強であり、北宋は蕃兵の確保に注力していた。(3)軍事力を維持するための財源や軍事物資は、全国的市場や東部ユーラシア規模の交易ネットワークと結びついていたほか、西北地域の域内においても調達・輸送され、重層的な財政・物流に支えられていた。
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研究成果の学術的意義や社会的意義 |
本研究の成果により、一般に文治主義・中央集権を推進し、軍事的には劣勢であったと認知される北宋が、実際には莫大な軍事力を擁し、膨大な軍事費を支出していただけでなく、軍事力や軍事費を調達・確保するために様々な施策を実施していた軍事大国であったことが明確となった。また、北宋の滅亡の背景には、東部ユーラシアの国際情勢に対応する軍事面での要因もあった。従来、宋代史研究においては「中国China Proper」の枠組みの中で理解される傾向にあったが、本研究を通じて東部ユーラシアというより広域の空間における歴史展開に位置づける必要もあることが明確になったはずである。
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