研究課題/領域番号 |
19K13374
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分03030:アジア史およびアフリカ史関連
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研究機関 | 東京女子大学 |
研究代表者 |
森 万佑子 東京女子大学, 現代教養学部, 准教授 (30793541)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2022年度: 1,560千円 (直接経費: 1,200千円、間接経費: 360千円)
2021年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2020年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2019年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
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キーワード | 大韓帝国 / 高宗 / 中華 / 交隣 / 朝鮮 / 外交 / 宗属関係 / 朝鮮政治外交史 / 事大 / 近代東アジア国際関係 / 朝鮮外交 / 国際関係 |
研究開始時の研究の概要 |
元来、朝鮮は「事大交隣」を外交の基軸とし、中国との事大と中国以外の国々との交隣を有していた。そして19世紀末には、そうした在来の秩序に併存して近代国際関係も有した。朝鮮がいかに条約関係に対応し、近代外交を実践したかについては多くの研究があるが、事大交隣の実態や、その条約への変容・転換については十分な議論がなされていない。 本研究は、東アジア在来の秩序構造の実態を解明する目的で、交隣であった日朝関係はいつ・いかなる契機で外交へと転換していくのか、アメリカと天津に駐在した使節はそれぞれの現場で事大交隣と外交がいかに混在し分岐したのか検討する。そして、そうした先に大韓帝国の外交についても考える。
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研究実績の概要 |
本年度は、19世紀末に中国を中心とした中華世界における「事大交隣」を外交基軸とした朝鮮が、日清戦争後に「独立自主」を対外的に明白にしながら、日本やロシアとどのような関係を築き、他方で、どのように国内の政治制度を整えながら大韓帝国を成立させ、それが崩壊していったのかを明らかにする研究を中心的に取り組んだ。 具体的には、皇室周辺の親露政策と、日本の反発を中心に外交を論じたが、旧両班層がイギリスやアメリカといった欧米に近づいたことについて十分に明らかにできなかったことは課題として残った。併せて、大韓帝国期の文化面にも着目し、皇帝の衣装、印鑑、椅子など明朝中華の要素を取り入れて中華の皇帝を志向した側面と、服制や石造殿の建築などの西洋式要素を取り入れて西欧的な皇帝像にも近づこうとした両面を浮かび上がらせたことは成果と言える。 以上の内容は『韓国併合』という書籍にまとめた。刊行後は、韓国の大学で講演し、韓国で「国史」として朝鮮近代史を学ぶ立場から本研究に対するコメントを聞き、意見交換を行った。これは今後の研究を発展させるうえでも非常に有益だった。その他、日本でも同様の報告を3度行った。国際関係、日韓歴史認識、東アジア史など様々な観点からのコメントを頂き、意見交換を行った。 また、上のような研究の一方で、朝鮮が「自主独立」を対外的に明白にしにくかった日清戦争までの東アジア世界における朝鮮の地位に関する研究も行った。特に、対馬歴史博物館を訪れて、対馬から見た日朝関係に敵禮交隣や善隣修好の点を強調する「良好」なイメージが多いことを学びとして得た。本研究は、交隣の多面的側面を明かにする目的も有するため、対馬歴史博物館での調査は、そうした多面性を浮かび上がらせる本研究の特徴を際立たせるうえでも有益な調査となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
日清戦争後の朝鮮が「自主独立」であることを対外的に明白にした上で展開した国内政治・外交交渉については『韓国併合』(中公新書、2022年)の出版に結実し、かつ、拙著を踏まえた講演や書評会での意見交換を通して、当初の計画以上の成果を得ることができた。 他方で、日清戦争以前の朝鮮の対外的地位や国内政治に関しては、海外渡航がコロナ前の水準に戻らなかったため、当初予定していた中国北京・天津およびワシントンへの訪問が叶わず、調査が十分に行えなかった。特に、天津での調査は、朝鮮国王が宗属関係を前提として中国と結んだ「中国朝鮮商民水陸貿易章程」に基づいて派遣した駐津督理通商事務が駐在した場であり、駐津公館跡地や駐津督理通商事務のカウンターパートを務めた天津海関についての調査は本研究の要として位置づけていた。ワシントンにある駐米大韓帝国公使館での調査も、朝鮮国王が中国と宗属関係を結びながらアメリカに派遣した公使が活動した場であり、そこでの調査も本研究を遂行する上で重要な調査であった。この二つの調査が行えなかったことは残念だった。
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今後の研究の推進方策 |
日清戦争後の韓国の外交についての研究では、引き続き『韓国併合』についてのコメント・批評などを聞きながら、研究をさらに発展させていきたい。特に、既にいただいたコメントを検討する中で、大韓帝国期の高宗のロシア観、対露外交についてはさらに検討する余地があることが分かった。日本では当該時期のロシア外交文書の日本語訳が出版されていないが、韓国ではロシア文書の韓国語訳作業が進み、書籍刊行も行われている。そうした史料を駆使しながら韓露関係についても研究を深めたい。 他方で、日清戦争以前の朝鮮の外交形成については、天津、ワシントンの出張を行い、現地の調査を行いたい。天津については天津海関の史料を読み込んでいると、当時の外交の前提として、中朝貿易があいまいに運営されていたことがあったのではないかと思われる。ただ、史料に描かれる世界と実際の状況には乖離する場面も多く、ぜひ現地を訪れたい。史料を読み込んだ上で実地調査を行い、文献だけからでは分からない当時の中朝関係を浮かび上がらせたい。同様の趣旨で、ワシントンにある駐米大韓帝国公使館の調査も行いたい。駐米大韓帝国公使館内部の調査はもちろん、駐米中国公使館はじめ他国の公使館との距離感など実際に歩いてみることで、史料だけからは指摘できない、朝鮮近代のあり様を描くことができると思う。
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