ヒトは音声から「どのような」「誰が」話しているのかという発話者自身に関する情報を知ることができる。発話者自身に関する情報は、年齢や性別などの「どのような発話者であるのか」という情報(話者情報)と、「発話者が誰であるのか」という個人の同定に関わる情報(個人性情報)に分けられる。これまでに神経心理学研究において、話者情報と個人性情報に関する知覚的な処理過程がある程度独立している可能性が示唆されている。そのため、音声から発話者に関する情報を知覚する過程を明らかにするためには、両者を明確に切り分けた上で実験を行う必要がある。しかし一般的な発話音声においては、話者情報と個人性情報は密接に関わりあっており、切り分けが困難である。そこで本研究では、声優が様々な年齢・性別のキャラクターを演じた音声に着目し、話者情報と個人性情報の切り分けを試みた。 まず始めに、声質を表現する表現語対を用いて印象評定を行った。その結果、声優の演技音声は、声優の実年齢や性別ではなく、少年の声などの声優が意図したキャラクターに基づいて特徴付けられることが示された。このような音声は、「同一の発話者であっても異なる話者情報を持って知覚される音声」であり、話者情報と個人性情報を切り分けることができる音声である。続けて、発話者を弁別する実験を行い、異なるキャラクターとして知覚されていても、ある程度は発話者の違いを弁別できることを示唆する結果が得られた。これは、話者情報とは異なる個々人に特有の成分、すなわち個人性情報に基づいて発話者の弁別が行えることを示唆する実験心理学的な結果である。このように、ヒトが音声に基づいて発話者自身に関する情報を知覚するメカニズムを明らかにする上で、声優のキャラクター演技音声を話者情報と個人性情報を乖離させるある種の錯覚として利用することは、1つの有用なアプローチであると考えられる。
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