研究課題
挑戦的研究(萌芽)
情動により身体と心の変化が起きる。扁桃体は血圧変化等の自律神経反応を惹起する。大脳皮質―基底核回路は認知や行動選択に関わる。扁桃体→大脳基底核間には解剖学的投射があり、これが環境適応としての行動制御を実現していると考えられるが、詳細は不明である。本研究は、行動課題を行うサルにおいて、扁桃体の異なる領域の活動性を特定のタイミングで操作し、この問題に答える。操作は電気刺激に加え、自ら開発したウイルスベクターを用いて、扁桃体に投射の強いセロトニン細胞選択的な光刺激を行う。扁桃体→大脳基底核回路のコンテキスト・領域・タイミング・物質特異的な変化が体と心を変容させるプロセスを明らかにする。
サル背測縫線核細胞の亜集団にChR2を発現させるウイルスベクターを開発し、セロトニン細胞が多く存在する背測縫線核に注入した。背測縫線核とその投射先である大脳基底核の黒質網様部・ドパミン細胞が存在する黒質緻密部・腹側被蓋野を特定の情動コンテキスト下・行動のタイミングで光刺激する技術を開発した。ウイルスベクターのセロトニン選択性は十分でなかったものの、当該領域の刺激は、少ない報酬が予測される状況でも起こす眼球運動の後に刺激した場合に、反応時間の短縮すなわち行動促進を引き起こした。背測縫線核―大脳基底核投射は困難な条件下でも行動を継続するレジリエンスの神経基盤である可能性を明らかにできた。
セロトニン細胞が多く存在する背側縫線核細胞は、持続的な負の情動と刻一刻変化する期待報酬量の情報を表現し、正負の情動による行動の変化を引き起こす。その詳細な過程を解明するために時間解像度の良好な制御を実現しうる光遺伝学的方法は有用で、げっ歯類で多くの報告があるが、皮質-基底核回路がヒトに類似するサルにおける試みは実現していない。今回の試みは、ウイルスベクターのセロトニン選択性という点では未達成であったが、電気刺激と異なり、細胞の刺激、さらには回路特異的な効果的な刺激の技術を開発できた。背側縫線核の回路の解明は、情動障害における認知行動の変化の病態解明、有効な治療戦略の開発に重要な情報を提供する。
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