研究概要 |
自然言語の文では,時系列上で離れた語が,隣接する語よりも強い意味的結びつきを持つ「不連続依存」が生じうる。不連続依存は自然言語の文が有限状態文法の生成力を超えることを示す現象で,ヒトの音声伝達を他種と区別する根拠となっていた。但し,ワーキングメモリを備えたローカリストネットワークが,統語構造に対応する内部表現を仮定せずに,英語関係節における不連続依存を生成することに成功し,また,不連続依存制約をワーキングメモリ制約に還元する可能性が示された。本研究では,ヒト言語の文法を有限状態文法に還元する可能性を検討するために,不連続依存制約に対するワーキングメモリと統語構造の影響を事象関連電位を指標として考察した。 (1)(2)に示す2種類の複文について,従属節目的語を文頭に置くことで不連続依存を操作し(下線部),従属節主語を保持負荷の高い固有名または負荷の低い「私」とすることで,不連続依存可否に対する従属節種とワーキングメモリ負荷の効果を考察した。 (1)目的語名詞節内との不連続依存文 借金を|s田中は|s明智/私が返済したと|弁護士に証言した|。 (2)副詞節内との不連続依存文 *交通塾を|s田中は|s土屋/私が起こしたので|事故現場に駆けつけた|。 文を文節毎に視覚呈示した結果,不連続依存文の従属節主語呈示後約400msでワーキングメモリ負荷を示す陰性波が左前頭部に現れ,また,固有名についての振幅は「私」よりも大きかった。さらに(1)と(2)の対比では,文法性の低い(2)にのみ,従属節動詞呈示後約600msで頭頂から後頭にかけて統語的制約違反を表す陽性成分が現れた。本研究の結果は,ワーキングメモリ制約とは独立した,統語構造に対する不連続依存制約の存在を示している。したがって,文処理の脳内メカニズムはワーキングメモリを備えた有限状態オートマトンとは異なると考えられる。
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