研究概要 |
生体系の電子移動反応は非共有結合を通して制御されていることが知られている。キノン分子はアミノ酸と水素結合を形成することによって酸化還元ポテンシャルがポジティブシフトしその還元反応が促進される。現在、このような水素結合の効果を解明することで、生体内での電子移動の優れた仕組みを明らかにしようという研究が数多く行われている。しかし、それらの研究の多くが溶液中で行われているため研究対象の構造が必ずしも明確ではない。そこで本研究では、キノンと水が水素結合を形成し分子内電子移動を示す一次元鎖コバルト錯体を合成し、それらの構造を明らかにした上で水素結合が分子内電子移動に与える影響を検討した。キノンが水素結合を形成している物質1H([Co^<III>(3,5-DTBC) (3,5-DBSQ)(bpe)]_n・2CH_3CN・2H_2O)と水素結合を形成していない物質1([Co^<III>(3,5-DTBC)(3,5-DBSQ)(bpe)]_n)を合成し物性を検討した結果、水素結合の切断によりキノン分子の酸化還元電位のネガティブシフトが起きることがわかった。また、コバルト-キノン間の光誘起酸化還元反応が水素結合により大きく影響を受けることが分かった。1Hと1の低温での基底状態は[Co^<III>(3,5-DTBC)(3,5-DBSQ)(bpe)]であり、可視域にキノンからCo^<III>への電荷移動吸収バンドが存在する。物質1Hに5Kで532nmの光照射(電荷移動吸収バンドの励起)を行ったところ磁化の変化はほとんど観測されなかった。一方、物質1Hに5Kで532nmの光照射を行ったところ磁化の増大が観測された。IRの測定から、この変化は光照射によりキノンからCo^<III>への長寿命電子移動が誘起されたためであることが分かった。本研究は生体機能の解明、分子内電子移動を示す機能性多中心金属錯体クラスターの開発という点で重要であると同時に、生体機能を模倣した新しい分子デバイスの開発の観点からも重要である。
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