研究概要 |
本研究では、樹立した細胞株についてcDNAアレイ解析を行い、神経幹細胞に関連した遺伝子群や腫瘍化に関する遺伝子群についての発現状態を調べた。解析においては細胞株の未分化状態、分化状態、脱分化状態間での各遺伝子の発現の変動や既存の膠芽腫細胞株との比較も行った。その結果、EGFR, VEGF, BDNF, HGF, PDGF, Shh, WntやSoxといった、neurogenesisに関連する因子やTGF, MYC, FOSといったoncogenesisに関わるgeneも発現していた。既存の膠芽腫細胞株との比較においては、oncogeneや成長因子群の発現状態は共通点が多いものの、LIFなどのstemness維持に働くものについて分化状態でも高発現を保つことが違いとして認められた。 脳腫瘍における腫瘍幹細胞の起源については、正常神経幹細胞や、神経前駆細胞、成熟したグリア細胞など諸説ある。従来、腫瘍発生に関しては、正常細胞への遺伝子変異の蓄積等によって癌化した細胞が無秩序に増殖して生じると考えられてきた。しかし、近年は腫瘍幹細胞群に血液幹細胞の成熟過程にみられるような階層性があることが示唆されてきており、個々の腫瘍幹細胞の詳細な解析によって新たな腫瘍発生の過程が明らかとなることが期待されている。脳腫瘍、特に膠芽腫では複雑な遺伝子背景を持っており、現在でも治療が最も困難な腫瘍である。今回の解析においても、樹立した各細胞株は例えば成長因子群に関して等でも異なった遺伝子発現パターンを示していた。つまり、悪性脳腫瘍は個々が異なる性質を持つことを示す。薬剤感受性の違いなど、臨床上で各腫瘍の性質の相違はしばしば経験されるが、今回の結果はこれを裏付ける形となった。現時点では、腫瘍幹細胞の起源が正常神経幹細胞なのか、神経前駆細胞なのかグリア細胞なのか確定する根拠は得られなかったが、少なくとも神経幹細胞との共通点があることが確認された。また、各細胞株の遺伝子発現パターンの違いを示し、本研究のような脳腫瘍における腫瘍幹細胞の系譜の解析が、個々の腫瘍に応じた治療、すなわちテーラーメイド治療への新たな糸口となる可能性を示唆する結果となった。本成果については、cytotherapy誌に投稿中である。
|