宝巻は、中国における唱導文学の典型的なものでありながら、時代を経るにつれ世俗性・娯楽性が濃くなっている。また、宗教、教化と民間信仰、庶民文芸の性格を併せ持つ語り物であるため、中国の庶民文芸史、通俗文学史、民衆宗教史、民衆精神史などの研究において重要な史料となっている。これまでの研究は、主に資料の蒐集と整理に力が注がれ、宝巻の書誌学的研究とその背景となる宗教的研究が中心であって、宝巻文学の担い手や享受者、宝巻の上演形態や状況については、ほとんど注目されていなかった。本研究では、宝巻発展史において、従来「沈衰期」とみなされてきた時期を切り口として、宝巻文学と女性文化との関わりを明らかにすることを試みてきた。 平成20年度は、前年度に引き続き主に古籍流通学の視点から、語り物芸能の一種である宝巻がいかに継承されていたのか、その内容がいかなるものか、という問題について、特に宝巻を受容し継承する文化活動の担い手としての女性に着目し考察した。これまでの書誌学的考証に加え「宣巻」という名称を考察した。従来「宝巻の唱本を宣講する」としか理解されなかった「宣巻」を、口承文芸の視点から分析を加え、非文字的な流布による創作の実態を解明した。「宣巻」は単なる宝巻テキストを宣唱する行為のみならず、聴衆を引きつけるため、その好みに合わせて、宣講者(尼僧)による即座の創作もあったことが明らかになった。宝巻は、文字によるテキストそのものが存在しなくても、宣唱されていわば口承文芸の一種として存在し流布していたことを検証した。
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